★鎌倉へ合歓の一樹の花盛り 正子
合歓の木は随所に見られますが、普段はほとんど目につかず、花が咲いて初めて「ああこんなところに合歓が!」と嬉しくなることが多いかと思います。鎌倉へ行かれるご用事の道すがら、一樹の花盛りを見つけられた作者の気持ちが読者にも浮き浮きと伝わってきます。(河野啓一)
○今日の俳句
紫陽花の軒端に雨水たっぷりと/河野啓一
紫陽花が咲く軒端に雨水がたっぷりと溜まっている。たっぷり溜まった雨水がゆたかで涼しい。(高橋正子)
○月見草(待宵草)

[待宵草/横浜日吉本町]
★月見草灯よりも白し蛾をさそふ/竹下しづの女
★待宵草の黄花を空へくっきりと/高橋信之
★月見草の大きな花にさよならを/高橋正子
「月見草」と「待宵草」は、本来違うものであるが、俳句では、いずれも季語「月見草」として詠まれてきた。最近の歳時記では、季語「月見草」の傍題に「待宵草」を取り上げている。「月見草」は、3、4歳上の上級生からその名をよく聞いた。上級生は小学校の高学年から中学1,2年生だったから、竹下夢二のような少女らしいものに憧れる年齢だったのだろうと今思う。しかし、「待宵草」や「宵待草」は上級生の口からは聞かなかったと思う。そして上級生から「月見草」と教えてもらったものは、「大待宵草」ではなかったかと思う。もともとの月見草が白い花であるということは、調べて知った。植物学上の名前と、俳句の季語とは同じではない。俳句の季語にはこうしたものが結構ある。竹下夢二の「宵待草」は、「待宵草」のこと。
マツヨイグサ属には黄色以外の白、紫、ピンク、赤といった花を咲かせる種もある。標準和名では、黄花を咲かせる系統は「マツヨイグサ」(待宵草)、白花を咲かせる系統は「ツキミソウ」(月見草)と呼び、赤花を咲かせる系統は「ユウゲショウ」(夕化粧)などと呼んで区別しているが、一般にはあまり浸透しておらず、黄花系統種もよくツキミソウと呼ばれる。しかし黄花以外の系統がマツヨイグサの名で呼ばれることはまずない。なお黄花以外の種は園芸植物として栽培されているものが多い。開花時間帯についても、ヒルザキツキミソウなどはその名のとおり昼間に咲く。英語では夜咲き種は evening primerose、昼咲き種を sundrops と呼び区別している。黄花系統種のうち、マツヨイグサ O. stricta やコマツヨイグサは、花が萎むと赤く変色するが、オオマツヨイグサやメマツヨイグサはそれほど赤くはならないので、こういった点でも種を区別できる。
ツキミソウ(月見草、Oenothera tetraptera、つきみぐさ)は、アカバナ科マツヨイグサ属に属する多年草である。メキシコ原産で江戸時代に鑑賞用として渡来した。花期は6 – 9月ごろで、花は夕方の咲き始めは白色であるが、翌朝のしぼむ頃には薄いピンク色となる。同属種であるオオマツヨイグサ、マツヨイグサ、メマツヨイグサなどのことを「月見草」と呼ぶこともある。また、「月見草油」というサプリメントが流通しているが、ほとんどの場合、本種ではなくマツヨイグサかメマツヨイグサ由来である。
マツヨイグサ(待宵草)は、アカバナ科マツヨイグサ属の一年生または多年生草本植物で、この語は主にマツヨイグサ属に含まれる植物について種を特定しないで呼ぶ場合に使用される。標準和名マツヨイグサは学名 Oenothera odorata で呼ばれる種を指すが、こうした用法では滅多に使用されない。マツヨイグサ属にはおよそ125の種が含まれており、14節が構成される。どの種も南北アメリカ大陸原産であり他地域には産しない。日本も例外ではなく、野生のものは帰化植物か、逸出した園芸植物のいずれかである。原産地では種により海辺や平野から高山に至るまで幅広く分布するが、パイオニア植物なので、自然状態では平地では河原、砂浜や砂漠、山ではガレ場や、山火事の跡などの荒地や痩せ地に、人為的にかく乱された環境下では鉄道路線沿いや路肩、耕作放棄された畑や休耕田のような場所に生え、他の植物が成長してくると姿を消す。日本では造成中の土地や未舗装の駐車場でもよく見かける。本属植物は、メキシコ北東部からアメリカ合衆国のテキサス州にかけての地域が発祥の地と考えられている。
種としてのマツヨイグサ O. stricta も、原産地はチリやアルゼンチンといった南米で、嘉永年間(1848年〜1853年)に日本にもたらされ、当初観賞用として植えられていたものが逸出し、昭和30年代に同属のオオマツヨイグサ O. erythrosepala とともに空き地などに大群落を形成した。しかし近年はこれも同属のメマツヨイグサ O. biennis に押され、姿を見る機会は減った。草丈は種により異なり、チャボツキミソウのような高山植物では高さ10cm程度、低地産の O. stubbei では3mにまで成長する。葉は開花軸に対して螺旋形に付き、鋸歯を持つか、または深く裂ける(羽状中裂)。花は多くの種において黄色い四弁花で、どの種も雌しべの先端が4つに割れる特徴を有する。一日花であり、多くの種が夕刻に開花し夜間咲きつづけ、翌朝には萎む。これが「月見草」や「待宵草」の名の由来である。
◇生活する花たち「紅かんぞう・オカトラノイ・立葵」(横浜・四季の森公園)

★松林に白百合まばら富士裾野 正子
富士の裾野なので、松林も広々としたところなのでしょう。その広々としたところにまばらに咲く白百合。大きな自然と小さな自然の共生がそこにあると感じます。(高橋秀之)
○今日の俳句
せせらぎの木陰のめだか動かずに/高橋秀之
せせらぎの木陰はすずしそうだ。涼しさを喜んで、目高が活発に泳ぐかと思えばそうではない。じっとして、木陰の水の涼しさを体で享受しているようだ。(高橋正子)
○夾竹桃

[夾竹桃/横浜日吉本町] [夾竹桃/大船植物園]
★引き寄せし記憶夾竹桃咲きぬ/稲畑汀子
★安房の海夾竹桃の燃ゆる上に/瀧春一
★何か炒める音して夾竹桃咲けり/岡本眸
★夾竹桃散る三叉路に雀の子/松崎鉄之介
★夾竹桃爆風めける風受けて/片山由美子
★持ち前の強さ明るさ夾竹桃/小澤克己
★夾竹桃高きに白し仰ぎ見る/高橋信之
じりじりとした暑さがやってくる。海を見ればどぼんと飛び込んで泳ぎたくなる。ちりんちりんと鐘を鳴らしてアイスキャンデー売りが自転車にアイスボックスを載せてやってくる。ボンネットバスが埃を巻きあげて通る。夏休みに精一杯遊んでいると、夾竹桃が校庭の隅で赤い花を咲かせる。ブランコの鎖の鉄の匂いが汗ばんだ手に移る。そうこうするうちに原爆忌やお盆が来る。戦没兵士の慰霊祭が校庭でとり行われる。夾竹桃はそのころ必ず咲いている。6月ごろからぽつぽつ咲き始め、9月、夏休みの宿題を抱えて登校するころまで咲く。 その葉で笹舟のように舟をつくったこともあるが、水に浮くわけではない。一花一花は可愛いが、強靭な花である。夾竹桃と言えば、暑さときらめく海と戦死者たちを思うのが私の常だ。
★わたくしのぶらんこ夾竹桃にふれ/高橋正子
キョウチクトウ(夾竹桃、学名: Nerium oleander var. indicum)とは、キョウチクトウ科キョウチクトウ属の常緑低木もしくは常緑小高木である。和名は、葉がタケに似ていること、花がモモに似ていることから。インド原産。日本へは、中国を経て江戸時代中期に伝来したという。葉は長楕円形で、両端がとがった形。やや薄くて固い。葉の裏面には細かいくぼみがあり、気孔はその内側に開く。花は、およそ6月より残暑の頃である9月まで開花する。花弁は基部が筒状、その先端で平らに開いて五弁に分かれ、それぞれがややプロペラ状に曲がる。ピンク、黄色、白など多数の園芸品種があり、八重咲き種もある。日本では適切な花粉媒介者がいなかったり、挿し木で繁殖したクローンばかりということもあって、受粉に成功して果実が実ることはあまりないが、ごくまれに果実が実る。果実は細長いツノ状で、熟すると縦に割れ、中からは長い褐色の綿毛を持った種子が出てくる。
◇生活する花たち「のうぜんかづら・月見草・百日紅」(横浜・四季の森公園)

箱根湿性花園
★雲はれて日光黄菅の野にひかる 正子
フェイスブック画面にて正子先生撮影のお写真も見せて頂きました。野に咲く日光黄菅にはっとさせられます。「雲はれて」が一句をつらぬいていて野の風情も大らかに伝わってくるようです。(小川和子)
○今日の俳句
声透る夏うぐいすに森深し/小川和子
森深く入ると、夏うぐいすも、森の深さに比例するかのように声が澄んでくる。鶯の声のよさは、夏うぐいすが一番であろう。(高橋正子)
○布袋草(布袋葵)

[布袋草/フラワーセンター大船植物園]
★布袋草美ししばし舟とめよ/富安風生
★旅果てを土佐の津にあり布袋草/鍵和田秞子
★汐入の水門しまり布袋草/田川夏帆
★たらちねの母の乳房や布袋草/加藤雅兄
ホテイアオイは、南アメリカ原産ということだが、ずっと昔から身近で見たきた。たとえば、瀬戸内は雨が少ないので、田圃の隅に野井戸がある。野井戸は子どもにとっては、危険だが、そこにもびっしりと浮いていたし、大きな池にも浮いて薄紫の涼しそうな花をつけていた。ぷくっと膨れた葉柄が面白い。ぷちっと押しつぶしたりして遊んだが、ホテイアオイが水に浮くのは、このぷくっと膨らんだ葉柄のせいだと思っていたが、そういう訳でもないだろう。
松山市内のマンションで暮らしたとき、目の前に池が見えた。ポプラの木立がまばらにあって、その向こう側が池になっていたが、ここにホテイアオイが浮いていた。住み始めたころは、わずかだったが、4,5年経つと、池を覆うほど広がった。我が家を訪ねる人の中には、そのホテイアオイを池からとって家に持ち帰るという人も現れた。一つ水に浮かべれば、すずしい景色になる。
★水遣りの水がかかりし布袋草/高橋正子
ホテイアオイ(布袋葵、学名 Eichhornia crassipes (Martius) Solms-Laubach)は、単子葉植物ミズアオイ科に属する水草である。南アメリカ原産で、水面に浮かんで生育する。花が青く美しいので観賞用に栽培される。別名ホテイソウ、ウォーターヒヤシンス。池などの流れの少ない水面に浮かんで生育する水草。葉は水面から立ち上がる。葉そのものは丸っぽく、艶がある。変わった特徴は、葉柄が膨らんで浮き袋のようになることで、浮き袋の半ばまでが水の中にある。茎はごく短く、葉はロゼット状につく。つまり、タンポポのような草が根元まで水に浸かっている形である。水中には根が伸びる。根はひげ根状のものがバラバラと水中に広がり、それぞれの根からはたくさんの根毛が出るので、試験管洗いのブラシのようである。これは重りとして機能して、浮袋状の葉柄など空隙に富んだ水上部とバランスを取って水面での姿勢を保っている。夏に花が咲く。花茎が葉の間から高く伸び、大きな花を数個~十数個つける。花は青紫で、花びらは六枚、上に向いた花びらが幅広く、真ん中に黄色の斑紋があり、周りを紫の模様が囲んでいる。花が咲き終わると花茎は曲がって先端を水中につっこむ形となり、果実は水中で成長する。熟した果実は水中で裂開し、水中に種子をばら撒く。種子から発芽した実生は最初から浮き草状の生活型をとるのではなく、浅い水中や水辺の泥の上で土中に根を下ろして成長し、株が大きくなると葉柄に浮袋を生じて水面に生活の場を広げていく。また、茎から水平に枝を伸ばし、その先端に芽が生じて新しい株を作る。これによって素早く数を増やし、大きな集団になる。集団がさらに大きくなり、水面を埋め尽くすようになると、互いにより掛かり合って背が高くなり、分厚い緑の絨毯を水面に作り上げる。
◇生活する花たち「あさざ・山紫陽花・コアジサイ」(東京白金台・自然教育園)

★蛍ぶくろ霧濃きときは詩を生むや 正子
白や紫色した蛍袋が下向きに咲き、中はがらんどう。蛍袋の咲く梅雨の頃には霧の発生も良く見られ、濃い霧にぼやけて見える花は一際風情を感じます。また、この花筒の中にほたるを入れて遊んだという説にはますますメルヘンの世界に誘われると共にこの様なところから詩が生まれて来そうな予感が致します。御句こそが美しい一行詩です。(佃 康水)
○今日の俳句
清らかや飛騨路に出合う朴の花/佃 康水
朴の花は、大ぶりな白い花でよい香りがする。山深い飛騨路に出合えば、「清らかさ」が印象的。(高橋正子)
○コムラサキの花

[コムラサキの花/横浜日吉本町]
★慈雨来る紫式部の花にかな/山内八千代
★紫式部添木に添わぬ花あまた/神部 翠
★光悦垣色あはあはと花式部/高瀬亭子
★紫式部咳くやうに咲き初めし/河野絇子
★夢辿る紫式部の花の香に/石地まゆみ
★花式部見つけたり日の輝きに/高橋信之
紫式部の実は、熟れると美しい紫色となる。しだれるような枝に小さな紫色の実がつき、小鳥が好んで食べる。一度私も食べてみたが、棗に似た味がする。この美しい実がつく前には花が咲くのはとうぜんだが、6月、今ちょうどその紫式部の花が咲いている。実より少し淡い紫色である。その花の通りに実がつく。山野に自生したのを見るが、庭木に植えているものと見かけが多少ちがうように思う。私が見た限りでは、庭木に植えているもは、葉が黄緑がかっているが、自生種は葉が大ぶりで、緑色が濃い。花よりも実が美しい木の一つである。
★登り来てふと見し花は花式部/高橋正子
ムラサキシキブ(紫式部、Callicarpa japonica)はクマツヅラ科の落葉低木で、日本各地の林などに自生し、また果実が紫色で美しいので観賞用に栽培される。高さ3m程度に成長する。小枝はやや水平に伸び、葉を対生する。葉は長楕円形、鋭尖頭(先端が少し突き出すこと)、長さ6-13cm。細かい鋸歯がある。葉は黄緑で洋紙質、薄くて表面につやはない。初めは表側に細かい毛があることもある。花は淡紫色の小花が散房花序をつくり葉腋から対になって出て、6月頃咲く。秋に果実が熟すと紫色になる。果実は直径3mmで球形。栽培品種には白実のものもある。名前の由来は平安時代の女性作家「紫式部」だが、この植物にこの名が付けられたのはもともと「ムラサキシキミ」と呼ばれていたためと思われる。「シキミ」とは重る実=実がたくさんなるという意味。スウェーデンの植物学者のカール・ツンベルクが学名を命名した。北海道から九州、琉球列島まで広く見られ、国外では朝鮮半島と台湾に分布する。低山の森林にごく普通に見られ、特に崩壊地などにはよく育っている。ムラサキシキブ(コムラサキ、シロシキブ)の名所として、京都・嵯峨野の正覚寺が有名である。
コムラサキ(C. dichotoma)も、全体に小型だが果実の数が多くて美しいのでよく栽培される。別名コシキブ。ムラサキシキブとは別種であるが混同されやすく、コムラサキをムラサキシキブといって栽培していることが大半である。全体によく似ているが、コムラサキの方がこじんまりとしている。個々の特徴では、葉はコムラサキは葉の先端半分にだけ鋸歯があるが、ムラサキシキブは葉全体に鋸歯があることで区別できる。また、花序ではムラサキシキブのそれが腋生であるのに対して、コムラサキは腋上生で、葉の付け根から数mm離れた上につく。岩手県で絶滅、その他多数の都道府県でレッドリストの絶滅寸前・絶滅危惧種・危急種・準絶滅危惧の種に指定されている。
◇生活する花たち「蛍袋・時計草・紫陽花」(横浜日吉本町)

★紫陽花を剪るに真青き匂いたち 正子
梅雨の頃、小さい多数の四片の花を、毬状に群がり咲かせ、花弁と見えるものは萼で、花期が長く白、淡緑、碧、紫、淡紅と日を経るに従って花の色が変化する美しい花を剪って花瓶にさした紫陽花の素晴らしい景ですね。(小口泰與)
○今日の俳句
蛍飛ぶ後ろ大きな山の闇/藤田洋子
大きな山を後ろに闇を乱舞する蛍の火。山間の清流を舞う蛍火の見事さを「山の闇」で的確に表現した。(高橋正子) じゃがいもの花や赤城は靄の中/小口泰與
雄々しい赤城の山も靄の中に消え、薄紫のじゃがいもの花が優しく咲く。じゃがいもの花が咲く頃は、雨の後など靄がかかりやすい。季節がよく捉えられている。(高橋正子)
○箱根湿性花園吟行
6月29日日曜日、句美子と箱根湿性花園へ出かけた。朝、8時半ごろ横浜発のJR在来線で小田原へ。50分ほどで小田原に着く。小田原駅東口のバス乗り場から箱根桃源台行のバスに乗る。1時間ほど乗って仙石原案内所というバス停で降りた。そこから徒歩10分ほどで箱根湿性花園に着く。入園料は大人700円。てっきり雨に遭うと思っていたが、雨には出会わず、ずっと晴れていた。箱根はよい天気で山々が見渡せた。気温は29度湿度70パーセント。
湿性花園は、6月は150種ほどの花が咲き、一年で一番たくさんの花が見られるそうであった。
ニッコウキスゲ、エゾキスゲ、シモツケ、シモツケソウ、ノリウグギ、ノハナショウブ、ササユリ、コウホネ、未草、睡蓮、ハマナス、クガイソウ。エゾミゾハギ、ウツギ、コマクサ、リシリヒナゲシ、ヤマボウシ、オオバギボウシ、オカトラノオ、マツモトセンノウ、センジュセンノウ、ヤナギラン、ヤマホタルブクロ、ヤマアジサイ、ユウガギク、キツリフネ、イワシャジン、シャジクソウなど。この日の湿性花園で特に目立ったのは、ニッコウキスゲとノハナショウブ。案内書には一巡するのに、40分とあったが、巡ると2時間ほどかかっていた。
花園の続きにある箱根湿原の復元が試みられているところに行った。尾瀬に似ている。箱根湿原は、ノハナショウブが特徴だそうだ。ちょうどノハナショウブが湿原のあちこちに咲いていた。周囲の山々の草地部分に日があたる様子は、尾瀬そっくりである。夏鶯の声が聞こえる。ここには、ニッコウキスゲはみられなかった。
湿性花園を出て、仙石原案内所のバス停までもどり、桃源台方面へ行く道筋にある日帰り温泉に入浴。小さい温泉だが、鄙びていて大湧谷から湯を引き、濁り湯で熱い。温泉を出て、運よく来た桃源台行の高速バスに乗り、桃源台まで。桃源台からロープウィと登山電車で小田原の切符を買った。桃源台では芦の湖の海賊船や遊覧船を見た。お土産に箱根餅と芦の湖まんじゅうを買った。ロープウェイは桃源台から大湧谷まで。大湧谷の硫黄採掘場を見物。ロープウィを乗り換え、早雲山まで。ロープウェイから見える山にはヤマボウシの花があちこち咲いて白く見える。ちょうど、山桜が咲くことには山桜のありどころが遠くからわかるように、ヤマボウシもそのように咲いていた。ピンク色のヤマボウシも見た。早雲山からは登山電車で箱根湯本まで下る。沿線の紫陽花はちょうど見ごろで、電車がカーブするときは特にきれいだ。箱根湯本からは小田原行きに乗り換えた。箱根湯本は新宿からのロマンスカーの終点でもある。小田原からJRで横浜まで。横浜からは東横線で日吉まで、白楽あたりから雨が降り出し、いろいろな列車の遅延状況が案内板に流れる。東京は落雷や、冠水、大雨で大荒れだったようす。持って行った傘は日傘に変わり、運よく梅雨晴れの一日だった。帰宅は、午後7時40分。
湿原のはるかな水に未草
雲はれて日光黄菅の野にひかる
笹百合の倒れがちなり匂いつつ
蝦夷黄菅北の大地のはかなき色
○夏萩

[夏萩/東京・関口芭蕉庵(2011年6月12日)]_[夏萩/北鎌倉・円覚寺(2013年6月16日)]
★夏萩の咲きひろがりぬ影の上/谷野予志
★夏萩や山越ゆる雲かろやかに/石原絹江
東京・関口芭蕉庵
★芭蕉居しと夏萩の紅明らかに/高橋信之
★夏萩にもっとも似合うのシャツ白/高橋正子
萩と言えば、秋の七草のひとつで、多くの方がご存じ。万葉集に詠まれ、日本画、着物などの柄、日常の種々のものにも描かれて、馴染み深い花となっている。秋が来るのを待たず咲いているのに出会うと、「もう萩が。」と汗が引く思いで足を止めて見る。夏萩は、夏の終わりから秋の初めにさく南天萩、四業萩、猫萩、夏開花する野萩、めどはぎ、犬萩、藪萩などを指すしている。六月に関口芭蕉庵を訪ねたことがあったが、瓢箪池のふちに夏萩が枝をのばして紅紫の可憐な花を付けていた。「古池や」の句碑も立っているが、池水のにごりに映えて静かな雰囲気を醸していた。関口芭蕉庵から椿山荘へ場所を移すと、椿山荘にも露を置く草の中に数本の枝が倒れて紅紫の花をほちほちと草に散るように咲いていた。一足はやい秋の訪れを垣間見る思いだ。
俳人・正岡子規も愛した“萩の寺”、大阪府豊中市の曹洞宗東光院(村山廣甫住職)で、ナツハギが6月初旬~中旬くらいまでが見頃で、かれんな花が参拝客らの目を楽しませている。参道には、秋に見頃を迎えるマルバハギなど約10種3千株にまじり、ナツハギ約30株が植えられており、今年は例年より早く赤紫の花が房状に咲き始めたという。東光院は、奈良時代の天平7(735)年に僧の行基(668~749年)が現在の大阪市北区に薬師如来像を自作し、薬師堂を建立したのが始まりとされる。行基が死者の霊を慰めるために当時、淀川に群生していたハギを供えたことから境内にもハギが植えられ、「萩の寺」として親しまれるようになった。子規や高浜虚子ら多くの俳人が好んで訪れ、子規はハギが咲き誇る風情を「ほろほろと石にこぼれぬ萩の露」と詠んだという。同院は「ハギの群生美は、日本らしい『和』の民族性を表しているよう。1度花を咲かせたあと、さらに茎を伸ばし花を咲かせる姿は、私たちに希望を与えてくれる」と話している。
ハギ(萩)とは、マメ科ハギ属の総称。落葉低木。秋の七草のひとつで、花期は7月から10月。分布は種類にもよるが、日本のほぼ全域。古くから日本人に親しまれ、『万葉集』で最もよく詠まれる花でもある。秋ハギと牡鹿のペアの歌が多い。別名:芽子・生芽(ハギ)。背の低い落葉低木ではあるが、木本とは言い難い面もある。茎は木質化して固くなるが、年々太くなって伸びるようなことはなく、根本から新しい芽が毎年出る。直立せず、先端はややしだれる。葉は3出複葉、秋に枝の先端から多数の花枝を出し、赤紫の花の房をつける。果実は種子を1つだけ含み、楕円形で扁平。荒れ地に生えるパイオニア植物で、放牧地や山火事跡などに一面に生えることがある。
◇生活する花たち「岩タバコ・雪ノ下・夏萩」(北鎌倉/東慶寺・円覚寺)

★透き通るバケツにあふる朝の百合 正子
バケツがすきとおっているのではなく、水がすきとおっていると感じました。
その朝のすきとおった水に溢れんばかりの百合の花は、すっきりとした気分にさせてくれたことでしょう。(高橋秀之)
○今日の俳句
百円を握り園児はアイス買う/高橋秀之
暑い日には、アイスが何よりのたのしみな子どもたち。とくに園児は買い物が自分で出来る喜びも加わるので、アイスを手にした満足感はたかい。嬉しそうな園児の顔が浮かぶ。(高橋正子)
○青田

[青田/横浜市緑区北八朔]
★青田中信濃の踏切唄ふごとし/大串 章
★青田風チェンジのときも賑やかに/中田尚子
★千枚の青田 渚になだれ入る/佐藤春夫
★選挙カー連呼せず過ぐ青田道/日下徳一
★川面吹き青田吹き風袖にみつ/平塚らいてう
★石斧出て峡の青田の浮上せり/石井野洲子
一昨年の日記より:
緑区にある田園地帯北八朔町にリュックを背負って、野菜の買い出しに出掛けた。北八朔町は田圃と梨畑が広がる純粋の農村地帯。青田を見るのも楽しみの一つ。電車はグリーンラインの日吉本町から川和町まで乗る。川和町の駅を出て道路沿いに100メートルほど行くと鶴見川に出会うが、鶴見川にかかる橋を渡ると、都筑区から緑区北八朔になる。北八朔は田圃と梨畑がひろがる純粋の農村地帯。田圃はまだ水が筋になって見えるが青田となっていた。田植から1か月ほどになるだろうか。根をしっかり恥初めているようだった。足元に水がごぼごぼ鳴り、梨畑の際までの遠く青田が見渡せる。買い出しの楽しみと、田圃を見る楽しみの両方味わえるのがいい。田圃の中のバス停の角で、野菜を売っているが、そこが目当てとするところ。今日はご主人が売ってくれた。トマトと茄子があればと思ったが、トマトは完熟を売りたいので、もう少し待て、とのことだ。晴れてくれれば、来週は出せるとのこと。路地栽培なのでやむを得ない。買ったのは、9種類。 ごぼう、枝豆、赤ピーマン、赤たまねぎ、たまねぎ、扁平ないんげん、南瓜、胡瓜、すもも。締めて1400円也。リュックは富士山に登ったときのもの。登山の荷物のようにちゃんと腰ベルトでリュックを固定して帰った。李は簡易冷蔵庫に入れて売っていたので、帰ってすぐ食べたが、美味しいものは美味しかった。李を食べたくなったのは、ドイツのマイン河畔でパーティーを開いてもらったおり、庭の李がサラダボールに一杯出され、たまらなく美味しかったことを思い出したからだ。パーティーを開いてくださった俳人で華道家のシュバルムさんは亡くなったが、あの李は実においしかった。
◇生活する花たち「紫陽花」(北鎌倉・東慶寺)

★松葉牡丹のその色明るし子が摘みぬ 正子
膝をかがめ、幼き子が松葉牡丹の一番明るい花色を手折っている。傍でお母さんが優しい眼差しで、見守られています。(祝恵子)
○今日の俳句
植田には水の出入りの音つづく/祝恵子
植田には、いつも水があるが、入る水と、出る水とが静かに動いている。その出入口には静かな水音が絶えない。(高橋正子)
○ハイビスカス(仏桑華)

[ハイビスカス/横浜日吉本町]
★仏桑華被弾残塁かくれなし/藤田湘子
★けふの暑さ思ふ朝戸出の仏桑花/林原耒井
★激しくて一日紅の仏桑花/文挟夫佐恵
★仏桑花咲けば虜囚の日の遠き/多賀谷栄一
★仏桑花爆心に咲き喪の季節/下村ひろし
★口笛は幼くかなし仏桑花/塚原麦生
★海の紺ゆるび来たりし仏桑花/清崎敏郎
★島人の血はかくも濃し仏桑花/青柳志解樹
★仏桑花真紅の声を挙げて基地/山田みづえ
★仏桑花咲く島に来る終戦日/北沢瑞史
★仏桑花供華としあふれ自決の碑/岩鼻十三女
★窓際にハイビスカスの陽射し恋ふ/山元重男
★ハイビスカスばかり働き者ばかり/本田静江
ハイビスカスはフラダンスを踊る人が髪に飾っている花として知った。未婚の女性と既婚の女性では、花を付ける位置が違うと聞いたことがある。アロハシャツにも描かれなじみとなっている。ハワイの州花となってハワイを代表する花であるが、沖縄にも自生していると聞く。おおらかで、明るく、穏やかな南国のイメージをまとっている。南国の楽園の花とイメージできる一方で、人知れぬかなしみをまとった花である。夏になると、ハイビスカスの鉢を買いたくなる。5,6年前購入したものがまだ健在であるが、肥料が足りないせいか、日差しが足りないせいか、真っ赤だった色が薄くなってきた。夏は、パッと真っ赤に咲かせたいと思う。
★街空の青にも開きハイビスカス/高橋正子
ハイビスカスは、アオイ科フヨウ属の常緑低木で、学名は Hibiscus cv.(属の総称)。英名は Hibiscus。広義では、アオイ目アオイ科フヨウ属(Hibiscus)のことで、また、そこに含まれる植物の総称だが、日本では、そのなかでも熱帯および亜熱帯性のいくつかの種がとくに「ハイビスカス」と呼ばれ、南国のイメージをまとった植物として広く親しまれている。園芸用・観賞用としていくつかの種が「ハイビスカス」として流通する。その代表的なものはブッソウゲ(仏桑華、Hibiscus rosa-sinensis)である。ハワイの州花として知られる熱帯花木で、「ふよう」や「むくげ」も同じ仲間だが、ふつうは「ハワイアンハイビスカス」といわれる交配品種群をさす。和名の「ぶっそうげ(仏桑華)」は、葉が「くわ(桑)」に似ているからかもしれない。長く突き出た雌しべが特徴。「ハイビスカスティー」に用いられる花は、通常、ローゼル(Hibiscus sabdariffa)と呼ばれる別種のものである。
◇生活する花たち「あさざ・山紫陽花・コアジサイ」(東京白金台・自然教育園)

★風鈴に木々のみどりの集まりぬ 正子
○今日の俳句
夏の風本のページをすべて繰る/多田有花
開いておいた本に一陣の涼風が吹き、ページをぱらぱらとめくった。数ページでなく、すべてのページを繰る風の遊び心が面白い。涼しい句だ。(高橋正子)
○夏萩

[夏萩/東京・関口芭蕉庵(2011年6月12日)]_[夏萩/北鎌倉・円覚寺(2013年6月16日)]]
★夏萩の咲きひろがりぬ影の上/谷野予志
★夏萩や山越ゆる雲かろやかに/石原絹江
東京・関口芭蕉庵
★芭蕉居しと夏萩の紅明らかに/高橋信之
★夏萩にもっとも似合うのシャツ白/高橋正子
萩と言えば、秋の七草のひとつで、多くの方がご存じ。万葉集に詠まれ、日本画、着物などの柄、日常の種々のものにも描かれて、馴染み深い花となっている。秋が来るのを待たず咲いているのに出会うと、「もう萩が。」と汗が引く思いで足を止めて見る。夏萩は、夏の終わりから秋の初めにさく南天萩、四業萩、猫萩、夏開花する野萩、めどはぎ、犬萩、藪萩などを指すしている。六月に関口芭蕉庵を訪ねたことがあったが、瓢箪池のふちに夏萩が枝をのばして紅紫の可憐な花を付けていた。「古池や」の句碑も立っているが、池水のにごりに映えて静かな雰囲気を醸していた。関口芭蕉庵から椿山荘へ場所を移すと、椿山荘にも露を置く草の中に数本の枝が倒れて紅紫の花をほちほちと草に散るように咲いていた。一足はやい秋の訪れを垣間見る思いだ。
俳人・正岡子規も愛した“萩の寺”、大阪府豊中市の曹洞宗東光院(村山廣甫住職)で、ナツハギが6月初旬~中旬くらいまでが見頃で、かれんな花が参拝客らの目を楽しませている。参道には、秋に見頃を迎えるマルバハギなど約10種3千株にまじり、ナツハギ約30株が植えられており、今年は例年より早く赤紫の花が房状に咲き始めたという。東光院は、奈良時代の天平7(735)年に僧の行基(668~749年)が現在の大阪市北区に薬師如来像を自作し、薬師堂を建立したのが始まりとされる。行基が死者の霊を慰めるために当時、淀川に群生していたハギを供えたことから境内にもハギが植えられ、「萩の寺」として親しまれるようになった。子規や高浜虚子ら多くの俳人が好んで訪れ、子規はハギが咲き誇る風情を「ほろほろと石にこぼれぬ萩の露」と詠んだという。同院は「ハギの群生美は、日本らしい『和』の民族性を表しているよう。1度花を咲かせたあと、さらに茎を伸ばし花を咲かせる姿は、私たちに希望を与えてくれる」と話している。
ハギ(萩)とは、マメ科ハギ属の総称。落葉低木。秋の七草のひとつで、花期は7月から10月。分布は種類にもよるが、日本のほぼ全域。古くから日本人に親しまれ、『万葉集』で最もよく詠まれる花でもある。秋ハギと牡鹿のペアの歌が多い。別名:芽子・生芽(ハギ)。背の低い落葉低木ではあるが、木本とは言い難い面もある。茎は木質化して固くなるが、年々太くなって伸びるようなことはなく、根本から新しい芽が毎年出る。直立せず、先端はややしだれる。葉は3出複葉、秋に枝の先端から多数の花枝を出し、赤紫の花の房をつける。果実は種子を1つだけ含み、楕円形で扁平。荒れ地に生えるパイオニア植物で、放牧地や山火事跡などに一面に生えることがある。
◇生活する花たち「岩タバコ・雪ノ下・夏萩」(北鎌倉/東慶寺・円覚寺)

★ハム削ぎ切り新玉葱の白を載せ 正子
うすく切ったハムに、白い新玉葱をこれも薄く切って載せ、ハリハリとかじる。涼しさとその食感が同時に味わえる気が致します。この時季の季節感に充ち溢れた御句と思います。(河野啓一)
○今日の俳句
黒潮の豊かに寄せて青岬/河野啓一
「黒潮」と「青岬」の取り合わせが絵画的で印象深い。黒潮寄せる、緑滴る岬。涼しさと強さをもった景色だ。(高橋正子)
○角川「俳句」7月号(25日発売)に高橋句美子さんの20句が掲載される。
角川「俳句」7月号の「新鋭俳人20句競詠」(P216)に「睡蓮の水」が掲載された。ぜひお読みください。書店にもありますが、7月号が必要な方は花冠発行所にお申し出ください。
○昨日、句会用に150センチの長さの座卓を買った。これからは、外で句会をしないでわが家ですることにした。最近は椅子になれているけれど、昔ながらに座って句会。それで、そのセッティングに一日かかった。秀之さんが7月下旬にに来宅の折には、これで句会をすることにした。もし、窮屈なときは食卓で。この食卓は松山から持ってきたもので150センチある。
○すかし百合

[すかし百合/フラワーセンター大船植物園]
★自在鉤の鍋に活けありすかし百合/岡田章子
★すかし百合散るまで水平線凝視む/小林輝子
スカシユリ(透百合、Lilium maculatum Thunb.)は、ユリ科ユリ属に属する植物の一種。海岸の砂礫地や崖などに生える多年草。大きさは20cm – 60cmとなる。本種は古来より栽培・育種の対象となっており、交配の母種として使われることが多い。本種と近縁種をスカシユリ亜属(Lilium pseudolirion Thunb.)として分類することがある。杯状の花を上向きにつけることが特徴。本属には、本種スカシユリの他、近縁種のエゾスカシユリ、ヒメユリを含む。
鱗茎は白色で卵型。茎は直立し、高さ20cm – 60cm程度。葉は葉柄のない披針形で互生する。花期は太平洋岸の個体群で7月 – 8月、日本海側の個体群で5月 – 6月。茎の頂に、直径10cm程度の、赤褐色の斑点を持つ橙色の花をつける。花被片の付け根付近がやや細く、隙間が見えることから「透かし」百合の和名がある。近縁種のエゾスカシユリと比較し、花柄やつぼみに綿毛がないこと、全体にやや小型であることで判別される。
○2012年6月25日の日記より:
大船フラワーセンターに信之先生と出かけた。曇り空で、時折小雨がぱらつき、蒸し暑い園内だった。
ばら園では、小ぶりですが薔薇がまだまだ咲いている。黄色、杏子色、赤、ピンクなど。はまなすは実をつけていた。
はなしょうぶ園では、菖蒲が咲いて、それぞれに風雅な名前ついている。盛りをやや過ぎたか。
芝生広場ですかし百合が咲き誇っている。ほとんどが花開いて、2、3日すると盛りを過ぎるか。群生して植えてあるので、見事。色は白、黄色、ピンク、オレンジが主で、濃い赤、白に赤紫色が入ったもの、小さなオレンジの花のものなど、珍しいものがあった。
はなしょうぶ園沿いでは、紫陽花がさいているが、ここで珍しいのは「うず紫陽花」と呼ばれる種類。額紫陽花もきれいにさいている。
すいれん池で睡蓮が、ちょうど見ごろとなっている。手入れがよいのか、花が生きいきとしている。ピンク、白、黄色がある。熱帯睡蓮と思われる薄紫の睡蓮もさいていた。
展示場前すいれん池傍ではんげしょうが咲いている。カメラマンが多数、写真をとっていた。
その他、ハイビスカス、ヒマラヤヤマボウシ、夾竹桃、布袋あおい、桔梗、ぎぼうし、しもつけが咲いていた。
第一展示場では「花とみどりの写真展」を開催していた。
第二展示場では「ベゴニア展」を開催していた。
▽フラワーセンターのレストハウスでは、「植物分類表」を売っていた。3333円でちょっと気になる本だった。
◇生活する花たち「蛍袋・時計草・紫陽花」(横浜日吉本町)

★紫陽花を剪りて雨の匂いせり 正子
梅雨時の紫陽花は雨のお友達ですね!!。この紫陽花は雨との措辞により、深くて吸い込まれそうに青いブルーと想いました。剪り採る時の微かに残る雫がはっきりと眼に浮かび、匂い立つような紫陽花の美しさが想われます。(桑本栄太郎)
○今日の俳句
川風を受けて淡きや合歓の花/桑本栄太郎
「風に乗る」は、風に乗って運ばれる、移動するの意味が含まれるので句意がわかりにくい。合歓の淡い花の咲く枝が川風を受け、煽られている様子は、優しさのなかにも合歓の花の強さが見える。(高橋正子)
○花柘榴

[花柘榴/横浜日吉本町]
★水色は遠方の色花柘榴/桂信子
★軒下の破れ櫃に散る柘榴かな/高浜虚子
★泥塗つて柘榴の花の取木かな 鬼城
★古宿や青簾のそとの花ざくろ 蛇笏
★格子戸に鈴音ひびき花柘榴 蛇笏
★草の戸の真昼の三昧や花柘榴 茅舎
★朝曇る柘榴の落花掃きにけり 麦南
★柘榴咲く市井にかくれ棲みにけり 淡路女
★花柘榴また黒揚羽放ち居し 汀女
★花柘榴なれば落つとも花一顆 草田男
★世はハタと血を見ずなりぬ花柘榴 草田男
★花柘榴情熱の身を絶えず洗ふ 草田男
★恋ふ難し石榴の花は実の先に 不死男
★花柘榴雨きらきらと地を濡らさず 林火
★とはにあれ柘榴の花もほほゑみも 楸邨
「紅一点」という言葉がある。男性の中にただ一人いる女性の意味だが、これは漢詩から来ている。その紅が柘榴の花である。中国人好のみの色と思う。小さいながら強烈な色だ。花柘榴も秋にはルビーのような実を結ぶ。ガクのようなところはチューリップ型の筒状となって、皮となる気配を見せている。柘榴の花も落ちる。柿の花も落ちる。二つの花を集めて遊んだ。柿の花は蔕を二つ合わせて麦わらを通して水車に、柘榴の花は、チューリップのようなところを集めるだけ。
★花柘榴そこに始まる上家の路地/高橋正子
ザクロ(石榴、柘榴、若榴、学名: Punica granatum)とは、ザクロ科ザクロ属の落葉小高木、また、その果実のこと。庭木などの観賞用に栽培されるほか、果実は食用としても利用される。ザクロ科(学名: Punicaceae)は、ザクロ属(学名: Punica)のみからなる[4]。また、ザクロ科の植物は、ザクロとイエメン領ソコトラ島産のソコトラザクロ(Punica protopunica)の2種のみである。葉は対生で楕円形、なめらかでつやがある。初夏に鮮紅色の花をつける。花は子房下位で、蕚と花弁は6枚、雄蕊は多数ある。果実は花托の発達したもので、球状を呈し、秋に熟すと赤く硬い外皮が不規則に裂け、赤く透明な多汁性の果肉(仮種皮)の粒が無数に現れる。果肉一粒ずつの中心に種子が存在する。原産地については、トルコあるいはイランから北インドのヒマラヤ山地にいたる西南アジアとする説、南ヨーロッパ原産とする説およびカルタゴなど北アフリカ原産とする説などがある。
◇生活する花たち「岩タバコ・雪ノ下・夏萩」(北鎌倉/東慶寺・円覚寺)
