NEW2月19日(木)

晴れ
春浅し今朝の日差しを確かむる 正子
譲られし席に揺られて春浅し  正子
swaying on the seat
given up by a laborer ―
early spring.
(This haiku captures a quiet moment on a train in early spring.
The poem begins with a gentle motion—“swaying on the seat”—a subtle image that invites the reader into the scene without specifying who is sitting there. This openness creates a sense of universality.
The second line, “given up by a laborer,” introduces a human presence marked by humility and kindness. The laborer remains anonymous, yet the word evokes the weight of daily work, fatigue, and a simple act of generosity.
(The final line, “early spring,” casts a soft seasonal light over the entire scene. The moment becomes more than an everyday gesture; it becomes a quiet intersection of human warmth and the delicate awakening of the season.
The haiku’s strength lies in its restraint. Nothing is overstated, yet the emotional resonance lingers—an example of how modern haiku can reveal depth through minimal means.
― Copilot’s commentary)

●子守りに行った帰りはいつも通勤ラッシュの時間帯。今日も立っていたが、肩を叩いて、空いた席に座るように言ってくれた男性がいた。労働者風で、40代くらいの男性だった。お陰で詩集を読むことができた。

●今朝起きて空を見ると晴れていた。日記に「晴れ」と書く。冬晴れの言葉がすぐに思い浮かんだが立春を過ぎていることに気づいた。日差しは明るくなったが、部屋の中は炬燵だけでは寒い。

●子守りに行った帰りはいつも通勤ラッシュの時間帯。今日も立っていたが、肩を叩いて、空いた席に座るように言ってくれた男性がいた。労働者風で、40代くらいの男性だった。お陰で詩集を読むことができた。

●今朝起きて空を見ると晴れていた。日記に「晴れ」と書く。冬晴れの言葉がすぐに思い浮かんだが立春を過ぎていることに気づいた。日差しは明るくなったが、部屋の中は炬燵だけでは寒い。

2月18日(水)

晴れ
手袋を片方のみはめ読む女人   正子
手袋をはめし静かさ女人にあり  正子

●リルケの本、9日~13日に到着予定が、18日の今日届くことになった。が、まだ届いていない。13日に配達局に届いているとある。この配達局は、日本ではないようだ。国際交換局というところ。それがオランダとある。届くには届くだろうが、心配なのは、心配。

●祥子さんに花冠7月号、来年の一月号の「吟行記」の依頼の電話。その他雑談。
●有花さんの句集の選句は、できた人の選句から有花さんへ郵送。私は490句から232句選んだ。
●ゆうまくん、ひとりで少し立てるようになっている。「いないよ」とか「どうぞ」とか真似る。あいかわらず「いないいないばあ」が好きで、今日は私の「いないいないばあ」に大笑いをする。児童館に連れて行ってもらって、機嫌がいい。

2月17日(火)

曇り

●晃さんより、松教俳句「1月交換句」の冊子と、愛媛新聞のキッズ俳句の記事が送られてくる。晃さん、このキッズ俳句を嘆くことしきり。季語が後付けであること。大人の手がはいりすぎていることなどが嘆きの原因だと思える。愛媛のキッズ俳句は、確かにかわいそうなことになっている。だからと言って、何かする気はないが。

●ゆうまくん、昼寝から覚めて、私が読んでいる文庫本に興味を示す。持ちたがるので持たせた。ぱらぱら速くめくると興味をもって、「ばあ」といいながら、何度も捲らせる。
その文庫本『詩を読む人のために』の口語自由詩のところ読む。口語自由詩は、七五調や五七調の定型から抜けることから始まったと思う。俳句で口語俳句はともかくも口語自由俳句となれば、詩や川柳となにが違うのかということにならないか。口語俳句は定型でよいかなど基本的な問題が立ち上がってくる。定型ではなくなると、俳句ではなくなるのではないかと思われる。俳句は五七五の定型であることが条件か。ソネットが14行詩であることが条件と同じか。だんだんわからなくなる。

●ミラノのオリンピック会場の雪山がテレビに映るが、アルプスの南側の麓になるのだろうか、とも思いながら見ている。とても好感の持てる山だ。

2月16日(月)

晴れのち曇り

●今年の初午は新暦では2月1日だった。旧暦では、3月21日。初午には稲荷ずしを作るつもりだった。2月1日は、寒すぎたかもしれない。それで、今日作った。稲荷ずしはいつ作ってもよさそうだが、事,寒い時期には、お寿司を作る気にならない。お寿司は春のものという感じがする。

あたらしいサラダを考案。スナップエンドウ、胡瓜、固ゆでキャベツ、バムのサラダをマヨネーズで和える。ミソは、キャベツを四角に切ること。

●ゆうまくん、お座りからつかまり立ちへ、あっという間に移動。敏捷に動くので目が離せない。言葉が少しわかってきている。自分の名前が「ゆうま」と言えている。ズボンから足を出してあげると「ばあ」と言う。一日の進歩に目を瞠るものがある。

●夜雪の予報だったが、小さい粒立った雨が降っている。年末に書き上げた断章小説の検証。書いたのは書いた。何を書きたかったのだろうと。さまざまを書いたが、結局人生で初めて私を敬愛してくれて人の事を書いたのだ言う結論になった。

2月15日(日)

晴れ
万作や光りとなりて咲き出る   正子
万作の黄色紅色対いたり     正子
枯葉より紅深し紅万作      正子
白梅の影そのままに白壁に    正子
畑梅の匂いかすかに満ちており  正子
白梅の蕊つんつんと風ゆかす   正子
四十雀赤き椿にふと鳴けり    正子
霞降るまどかな街や陽が雫き   正子

●今日は5丁目の丘が、ずいぶん春らしくなっていた。作った俳句の推敲での注意点は、以下と思われる。
「焦点を一点に絞り、沈黙を深め、動詞を研ぎ澄ます」。

●有花さんの『夏木立ー優嵐歳時記抄2008』ができたので、発行所ブログに案内した。
●メールアドレスを変更したので、いろんなところのアカウント情報を書き換えた。15カ所ほどある。ほとんど書き換えたが、あと一つ残った。これがなぜか、最終確認ができなく、おなじことを繰り返す。あきらめて、明日に回す。

●『詩を読む人のために』(三好達治著)を炬燵で読む。日曜日、炬燵でこの本を読むのは贅沢かもしれない。蒲原有明に対して、これまでの印象が変わった。泣菫、白秋、露風に比べ、思想が複雑。意外といいかも。

暖かい春のような一日だったが、夕方は冷え込む。詩の本を読んだあと、5丁目の丘へ散歩に行った。上っているうち、陽が傾いきてまぶしかった。四十雀がジュビジュビとよく鳴いて、農家の畑の梅や、庭の梅が満開になっている。マンションの庭に葉をつけたままの万作が満開。紅万作もある。霞がかかっているので、富士山どころか、港みらいも見えない。太陽がしたたり落ちそうな感じで桜の芽が尖っているのがよくわかる。

公園のブランコに腰かけて少し揺らした。そのあと老婦人が来て、私とおなじように、ブランに腰かけて少し揺らした。子どもたちが来たが、ブランコには見向きもしない。枯草などが綺麗取り払われ、公園全体がさっぱりしていた。

 

 

 

2月14日(土)

曇り
●アマゾンより連絡で、リルケの本は18日に届くことになった。
Les Quatrains Valaisans / Die Walliser Gedichte ハードカバー – 2002/4/1 Ars Vevendi
Ars Vevendi はドイツの独立系出版社とのこと。てっきりインゼル書店発行と思っていた。インゼル書店と書いてあった思うが。

●有花さんの句集のための選句の最終選をする。一番集中できるのが、午後11時から明け方なので、選が終わったのが今朝4時。みんなの選は見ていないので、どの句が重なっているか、後で確認することにする。美知子さんの選が届いたら有花さんに送る予定。
全部で490句あり、正子が選んだのは232句。5年分としては妥当とと思う。旅と移動の句が圧倒的に多い。一ページ2句とすれが、125ページぐらいになる。

●「新日曜美術館」日本美巡礼 白洲正子の世界 を見る。川瀬敏郎という花人を知った。『今様花伝書』『花をたてる』を読んでみたいと思った。私は嵯峨御流のお花を臥風先生の夫人に習った。お稽古でいい思い出はないが、花の姿を見ることを知った。

2月12日(木)

晴れ
●洋子さんから有花さんの句集のための選句が返送される。
●今日は夕方5時ごろ、ゆうまくんの子守りに。大ぶりの蜜柑を3個持って行く。この前蜜柑を一個近く食べたと言うので、今日も持参した。二個を手にして喜んで、二つをとんとんと拍子木のように打ちあわせている。残り一つが気になるらしく、しかしどうしていいものか、という具合。しばらく蜜柑で遊んだ。今日は私の口元をハンカチで拭いてくれる。それから自分の口元を拭く。ベストのボタンを引っ張ってはずし、ベストを脱いでしまった。一日が言えない。

●句美子の家から帰り、夕食。その後、ベートーベンを聴きながら、『詩を読む人のために』の蒲原有明の「智慧の相者は我を見て」「霊に日の蝕」「茉莉花」と、北原白秋の「邪宗門秘曲」の解説を読む。三好達治の次の有明の詩についての言葉は、興味深い。
<象徴詩のいわゆる「象徴」が、単なる比喩以上の広く深い「把握」とその鋭い繊細な「摘出」とを意味していることは、以上の諸例からもいくらか諒解されたことと思います。> ここの諸例は、「智慧の相者は我を見て」「霊に火の蝕」「茉莉花」の詩のこと。

●三好達治の四行詩があると言うので、どの詩が探す。『測量船』に載っているとのこと。『測量船』で私の知る詩は、「雪」「乳母車」「甃のうへ」。

●ゆっくり詩が読める時間は貴重。数ページの読書で一日が終わる。これが仕事と思えば、何と優雅な仕事だこと。Amazon に頼んでいるリルケの本が9日から13日の間に届くことになっている。まだなので、明日は届かないといけないが。

2月11日(水)建国記念日

曇り時々雨

●ネット短信が現在のところ2026年2月5日発行のNo.453号となっている。正子が書いて来たものだが、よくもまあ書いたものだ。453通手紙を書いているんだから。ときどき読みながらの作業だ。信之先生が亡くなる時も、そのすぐ後も書いている。私が癌の手術をするので、休む、なども書いてある。

275号(2015年1月14日発信 )からメールに保存していたので、これをテキストファイルに移した。理由は保存しているgooメールのサービスがこの2月25日で終了するからだ。それ以前のは、インターネット黎明期の1996年に信之先生が開設した「インタネット俳句センター」というホームぺージに保存し公開していたが、このホームページは現在はない。当時のドメイン「suien.ne.jp」は現在も生きて、花冠のホームページのアドレスとして使っている。「ne.jp」の意味を知っているかたは、このホームページがどのくらい貴重なものであるか、わかるはずだ。

作業は、ベートーベンの作業用BGMを流しながら。「バガテル」もあったし、「皇帝」もあった。そのほかに、「優しい愛」とかも「ロマンス」とかもいろいろ。「皇帝」は好きなコンチェルトなので、何度も聞いている。2楽章で、ほんの一か所ルバートをかけるピアニストがいて、それだけで、彼にちょっと惚れる。勇気を貰える曲。しかし、すっかり背中が冷えてしまった。集約して記録に残す価値があるかもしれないと思うが、また作業が大変だわ。

作業が終わって、ベートーベンの小品を聴いた。コーヒーを飲みながら、真夜中の音楽を聴く楽しみはこういうことなのだと、思いつつ。
アンダンテ・ファヴォリ ヘ長調 WoO.57、「ネル・コル・ピウ」の主題による6つの変奏曲ト長調 WoO.70など。佐藤卓史のピアノで聞いた。とてもいい。ブレンデルでも聞いた。違う曲なのではと思うほど。こういう風にも弾けるんだと。福間洸太朗も聞いた。佐藤卓史より好きかもしれない。少し音が立っている。最後にケンプを聴いた。聞き比べ、非常に面白かった。それにしても、こんなに多くのピアニストが弾いているとは。

2月9日(月)

晴れ

●2月月例ネット句会の入賞発表を昨夜のうちに済ませたので、今日は時間に余裕ができた。
https://suien.ne.jp/getsurekukai

●小峰書店の編集者の方が、丁寧な手紙をくれていた。その返事を書く。句美子の
「ごちそうに桜の花びらふってくる 句美子」
の俳句はがきがあったので、コピーして同封した。

●俳誌3誌が送られてくる。「火神」(No.84,85)、ひろそ火、灯。

●寒さで、キャベツが美味しそう。その上安い。ロールキャベツを作った。信之先生がいたときは、ロールキャベツを皆にふるまって、ずいぶんお変わりをされたことを思い出した。失敗なく作れるので、安心な料理。
ゆうまくん、帰るまぎわ、急に泣き出す。私のもっているものを触りたがっているのは、わかった。私の持っている文庫本に触りたいようだ。渡すと、読むような感じで捲っている。表紙のカバーをはずししばらく持たせたら、喜んで、いろいろ触っている。これも好奇心のようだ。

●ゆうまくんが触りたがった文庫本は『詩を読む人のために』(三好達治著)を再読している。近代詩を見直してみるのにいい。藤村の「千曲川旅情の歌」。これは音楽性とわかりやすさの単純さを分析しながら挙げている。思えば、リルケと藤村はほぼ同じ時代の人。次が薄田涙菫の『白羊宮』の「ああ大和にあらましかば」。この詩が発表される前に上田敏の『海潮音』が出ている。「秋の日のヴィオロンの」に始まるベルネーヌの「落葉」(この文庫本での題名、「秋の日の歌」が原題)とが有名で、フランスのシンボリズムの初め手の輸入と言えよう。「ああ大和にあらましかば」は、シンボリズムの影響を受けているというが、泣菫独自の耽美主義という人もいる。解説を読みながら、やはり耽美主義だろうとなり、いや、ここは象徴主義だと思うことがあった。どちらか一つには決められないのでは、と思った。大和朝廷の文化のなかにいたならばの仮想の中での詩だが、たしかに古代文化を美しく捉えている。藤村の純粋抒情から急に難しくなっている。藤村は「透明な抒情」の極点、 涙菫は「濃密な美」の極点に近代詩が達していると思った。今夜はここまで読んで眠ってしまった。

 

2月8日(日)

曇り、雪
水仙の群れて花芯のにじみたり 正子
さつさつと降る雪夫に灯をともす 正子
揺れて立つ児の目のむこう春茜  正子

●昨夜寝る前にベランダを見ると、雪が降っていた。今朝は雪が積んでいて、おどろいた。前のマンションの駐車場の車に5センチ以上積もっている。プランターのビオラもすっかり雪を冠って、雪の下から色が見えている。立春をすぎたから春の雪というのだろう。

●2月月例ネット句会。
https://suien.ne.jp/getsureikukai
今日の句会は、紅梅の句が目立った。雪や、桜の芽、スイバの赤い芽、花冠ならではの、美しい句が並んだ。みんなの目は、春のはじまりをしっかりとらえているのは、うれしいことだ。

●これから先、することを箇条書きにした。85歳まで予定が立てられた。予備として2年を組み込んだ。87歳までには、やってしまおうと。かなり忙しい。87歳まで今の調子で生きていたらのことだが。つまり、これが終活。

●中学生の孫の誕生日祝いに濃紺のネックウォーマーを編んだ。ついでに、チャコールグレイで、息子の分も編み始めた。輪針にしてから、どんどん編める。