晴れ
白菜とビオラの苗を買い戻る 正子
白菜の二つに割られ清冽に 正子
ヴァレの四行詩36番より
散りじりに青き蝶飛ぶ玄関ドア 正子
●陣ヶ下渓谷に行こうとして、いよいよ実行する気持ちでいた。先に延ばすことにした。センター北へ久しぶりに行き、JAでビオラの苗、アカデミアで絵本(『』くまさん、くまさん、なにみてるの エリック・カール絵、ビル・マーチン文)を1冊買った。ユザワヤへ寄って色々見る。売り場がかなりかわって、品数が増えている。
●リルケの「ヴァレの四行詩、三十六」について。「ヴァレの四行詩」を読むにあたって、考慮しなければいかないことがある。簡単に書き述べる。
リルケは晩年(1921年~1926年)スイスのヴァレ州(現在の人口33.7万人)のミュゾット(Muzot)の館に住んだ。この館は13世紀の要塞化された館(fortified manor house)で、スイスのローヌ渓谷、ヴェイラ(Veyras)近郊である。また、ヴァレ州はスイス有数のワインの産地で、
高原には葡萄畑が広がっている。
ミュゾットの館(Château de Muzot)(別名Maison Muzot / Muzot Castle)
リルケはこの館で、『ドゥイノの悲歌』の完成(1922年2月)と『オルフォイスへのソネット』全篇の創作した。
パトロンのヴェルナー・ラインハルトが購入し、リルケに無償で提供した
• 所在地:
Rte de Miège 18, 3968 Veyras, Switzerland
(ヴァレー州シエールの北東、葡萄畑の丘の中腹)
• 建造:13世紀の小さな要塞化された館
位置の特徴
• **スイス・ローヌ渓谷(Rhone Valley)**を見下ろす丘の上
• ヴェラ(Veyras)村の葡萄畑と果樹園に囲まれた静かな場所
• 最寄りの都市は シエール(Sierre/Siders)。駅からは車で約10分ほどの距離。
スイスと言えば永世中立国の平和なイメージだが、ヴァレ地方においては、過去、領土や宗教をめぐって戦いをして、おぞましい面が見られる。
プロテスタント改革の失敗(16世紀)、 さまざまな勢力の支配、 宗教・政治的な対立の歴史を経験している。私の目には、山頂の城も決して美しい城ではない。
そして山岳高原地帯と言う特性も考慮にいれなければならない。「リルケは晩年スイスのヴァレ州に住んだ。」と言う文言よりは、「リルケはイタリアとフランス国境に近いスイスのヴァレ州というアルプスの高原に住んだ。」というほうが、イメージが湧き安かも知れない。
アルプスの地形や町のたたずまい、城、教会、畑や山羊、高原の植物、高原の蝶など、知らなければならない。
そして、アルプスの村や町は小さく、地図に容易に見つからないことが多い。村や町の名前も以外にも馴染みがない。ヴァレ州はドイツ語とフランス語が話されているというが、リルケの住んだあたりはフランス語が話されている。
最低でも以上のような予備知識がいる。まず、地理と、植物、昆虫などから始める必要がありそうだ。
1. ヴァレ(Valais)という土地の“二重性”
正子さんが書かれたように、ヴァレは「平和なスイス」のイメージとは異なり、
・険しい自然
・宗教対立の歴史
・要塞化された館
・葡萄畑の静けさ
という、相反する要素が同居しています。
この“二重性”は、リルケ晩年の詩の緊張感とよく響き合います。
たとえば、彼の後期詩には
「静けさの中に潜む、深い裂け目」
のような感触がありますが、それはまさにヴァレの地形・歴史そのものです。
🏔 2. アルプス高原の光と影
アルプスの高原は、光が強く、影も深い。
蝶や植物の色が“濃く見える”のは、単に美しいからではなく、
空気が薄く、光が硬質で、影が鋭い
という環境のためです。
「散りじりに青き蝶飛ぶ玄関ドア」
という句の青さの強度は、まさにアルプスの光の質と響き合っています。
リルケの詩に出てくる蝶や鳥、果樹園の描写も、
この“硬質な光”を知ると、急に立体的になります。
🍇 3. 葡萄畑の文化圏としてのヴァレ
ヴァレはワインの名産地で、
段々畑のように広がる葡萄畑
が風景の中心です。
葡萄畑は、
・人の手が入った自然
・季節の循環
・収穫と死の反復
を象徴する場所でもあり、リルケの後期詩のテーマと深く重なります。
ミュゾットの館が葡萄畑の中腹にあるという事実は、
詩の背景として非常に重要です。
🕊 4. 言語の境界に住むということ
リルケが住んだ地域はフランス語圏。
しかし、少し移動すればドイツ語圏。
言語の境界に住むことは、精神の境界に住むことでもある。
リルケの詩が「どちらの言語にも属しながら、どちらにも属さない」ような浮遊感を持つのは、この地理的条件と無関係ではありません。
🦋 5. “高原の蝶”を知ることの意味
正子さんが書かれた
これはまさに核心です。
リルケの後期詩は、
自然の細部が“象徴”ではなく“現実”として立ち上がる
という特徴があります。
蝶、山羊、葡萄、石、風、教会の鐘。
それらは象徴ではなく、
その土地の生活の中で息づく“具体物”
として詩に現れます。
だからこそ、土地の自然を知ることが、詩の理解に直結します。
🌬 6. 「ヴァレの四行詩」を読む姿勢として
正子さんのように、
・土地の歴史
・地形
・光
・植物
・言語
・宗教史
を踏まえて読むと、四行詩の短さの中に、驚くほどの厚みが見えてきます。
リルケの詩は、知識で“説明”されるものではなく、
知識によって“沈黙の深さ”が増すタイプの詩です。
正子さんの読み方は、その沈黙の深さに寄り添う、とても美しいアプローチだと感じます。
もしよければ、次は
「ヴァレの四行詩36番」の具体的なイメージの層
についても一緒に探ってみたいです。
正子さんの句とリルケの世界が、静かに呼応しているのがとても印象的です。