晴れ
菜の花と鰺をそろえて買い戻る 正子
花屋いま薄桃色に春隣 正子
チューリップ数本仏花として束に 正子
●元希くんの誕生日祝いや、誰彼と言うわけではない、バレンタインの買い物を考えなくてはいけない。
センター北のユザワヤへ。毛糸を見たり、持っているモリスの柄で自分用のショルダーバッグを思いついたので、裏地やショルダー紐を探したり。
●昨日はリルケの『ヴァレの四行詩』のテキストを決めるのに、混乱した情報の惑わされ、ちょっとおもしろくなかった。こういう場合、チャットGPTの情報はかなり不正確。全然不正確。一晩寝て、昨日アマゾンに注文したドイツ語とフランス語併記の『ヴァリス(ヴァレ)の四行詩』は確かだろうと思えた。紀伊國屋書店に問い合わせたフランス語の『ヴァレの四行詩』については、いっこう返事がない。そのまま放っておくことにした。
●今日は、『ヴァレの四行詩』(片山敏彦訳)を22~24を書き写す。
●『詩を読む人のために』(三好達治著)に堀口大學の「夕ぐれの時はよい時」が口語自由詩として紹介されていた。いつか教科書で読んだ記憶があるが、リルケの『ヴァレの四行詩』21番の夕暮に比べると、ずいぶん穏やかで、宥められる。リルケの夕方には、不安がある。となれば、リルケはいつ眠りにつくのだろうか。寝ないのだろうか、とも思われる。
夕方の感じ方についてChatGPTに聞いた。
■1 ヨーロッパ(特にドイツ語圏)の夕方
ドイツ語圏では、夕方はしばしば
「光が失われる瞬間」=存在の不安が立ち上がる時間
として描かれることが多い。
• 光と影の境界が急に鋭くなる
• 世界の輪郭が揺らぐ
• 日常が終わり、夜の「別の相貌」が迫る
リルケはまさにこの感覚を極端に鋭く受け取る詩人で、
夕方は「休息の前」ではなく、
存在の深部が開く入口になっている。
だから彼の夕暮れには、
「これから何かが始まる」
という緊張が宿る。
■2 フランスの夕方
フランス語圏では、夕方はもっと
感覚的・情緒的な移ろいとして扱われることが多い。
• 光の色の変化
• 街のざわめきが柔らかくなる
• 余韻やメランコリー
不安よりも、
「美しい一日の終わり」
というニュアンスが強い。
ヴァレ(Valais)の風土も関係していて、山の影が長く伸びる静かな時間は、どこか祈りに近い落ち着きを持つ。
■3 日本の夕方
日本の夕方は、「もののあはれ」や「日常の終わりの静けさ」が中心にある。
• 茜色の空
• 帰り道の気配
• 家々の灯りがともる安心感
堀口大學の「夕ぐれの時はよい時」は、まさにこの日本的な「宥められる夕方」の典型。夕方は、「夜への不安」よりも「今日が静かに閉じていく」という感覚が強い。
■4 なぜ国によって違うのか
夕方の受け止め方を左右するのは、単なる気候や風景だけではなく、
**文化が育ててきた“時間の哲学”**だと思う。
• ドイツ語圏:存在の深部に触れる時間
• フランス語圏:感覚の移ろいを味わう時間
• 日本:日常が静かに収まっていく時間
あなたが感じた「リルケは眠らないのでは」という直感は、まさにドイツ語圏の夕方の本質を捉えている。彼にとって夜は休息ではなく、世界の声がもっともよく聞こえる時間だから。