NEW『詩を読む人のために』一その詩論的考察

三好達治著『詩を読む人のために』―― その詩論的考察
髙橋正子

(一) はじめに
『詩を読む人のために』(三好達治著)を私が読んだのは岩波文庫(1991年第1刷、2007年26冊)で、杉本秀太郎の解説があるものだ。初版は至文堂「学生教養新書」として昭和27年(1952年)6月に書店の依頼で出版されている。

この文庫本は表紙がまだ新しいが、これを誰が、いつ、なんのために購入したかの記憶は曖昧で、私が購入したのではないかというほどである。この度、数度読み直し、名著であると確信した。そして、それ以上に三好達治の詩に対する純度が私の俳句の方向性と不思議なほど似ている、一致していると言っていいかも知れないと思った。三好達治が守り抜いた詩の純度は、私が俳句において探し続けてきた静けさと透明さの源流と響き合う。
その純度について少しだけ言うなら、戦後盛んだった民衆詩と、左翼思想の詩を採り上げなかったことである。それは、言葉を思想や運動の道具とせず、詩そのものの自律性を守ろうとする三好の姿勢の表れであり、その精神の純度こそが私の俳句の方向性と深く響き合っている。そして、その歩みをたどることは、私自身の俳句の歩みを照らし返すことでもあると思えた。私が長年ひとりで思いあぐんでいたことが、明らかになった。自分の俳句の置かれている位置がはっきりしたことは、大きな励ましとなった。

三好達治の詩について、ここで簡単に触れると、教科書にも掲載され多くの人が触れたであろう「甃のうへ」「雪」「乳母車」などの詩には、言葉を澄ませることで世界の静けさを浮かび上がらせる姿勢が一貫している。その姿勢は、私の俳句が求める透明さと深く通じている。
念のため、彼の詩集『測量船』から「甃のうへ」を挙げる。

「甃のうへ」
あはれ花びらながれ
をみなごに花びらながれ
をみなごしめやかに語らひあゆみ
うららかの跫音あしおと空にながれ
をりふしに瞳をあげて
かげりなきみ寺の春をすぎゆくなり
み寺のいらかみどりにうるほひ
ひさし々に
風鐸ふうたくのすがたしづかなれば
ひとりなる
わが身の影をあゆまするいしのうへ

本書は、日本の明治以降の新体詩から昭和27年ごろまでの口語自由詩までを、三好達治の詩的純度をもって選ばれた詩作品が、歴史的変遷の推移を見せながら並んでいて、日本の詩の歩んできた道が明らかに見える。
以下はその並び順、つまり、詩の歩み順にしたがって私の考察を加えながら読み、それを記したい。
なお、この文章では、一つの詩の中のまとまりを「連(れん)」と呼ぶことにする。三好はこれを「節(せつ)」、「聯(れん)」と呼んでいるが、私は外国語の詩を扱うこともあるため、用語を統一して「連」としている。

(二)「前書き」
前書きのなかで最も印象に残る言葉は、次の一文である。
「誰かも言ったように、詩を読み詩を愛する者は既に彼が詩人だからであります。」
これは、読者を安易に「詩人」として持ち上げるための言葉ではない。
むしろ、詩を読むとはどういうことかを示す一文である。
詩を読むには、読む前に心に詩を受け取る準備ができていることが必要だと思う。その準備とは、日々の思いや経験が静かに存在し、言葉に応じる感受性がどこかで息づいている状態である。何も感じておらず、何も考えていない心には、詩の言葉は空気のごとく通り過ぎてしまうだろう。

また、さまざまな詩を虚心に平らかな精神で受け入れてゆくことの楽しさを、三好は「詩を読む遍歴」と呼んでいる。詩を通して、他者の繊細な思いや深い思考、見知らぬ世界や気づかなかった感情に出会うこと。それらはすべて、詩を理解するための大切な経験である。さまざまな詩を読むことで、詩がよりよく読めるということ。結局のところ、詩を読むとは、人間の心の多様さと深さを学ぶことなのだと思う。このことを詩を読む人は心がけるとよいと言うのだ。

(三)新体詩から象徴主義の詩へ
①島崎藤村
明治の新体詩(西洋詩を参照しながら日本語で新しい詩形を作ろうとした運動全体)は明治十年代を草創期としている。明治の詩が“詩”というジャンルを自覚して歩み始めた一連の流れである。島崎藤村は、新体詩の中から立ち上がった抒情詩人である。本書では、明治33年の「千曲川旅情の歌」が読み解かれている。この詩の詩碑は、小諸の懐古園の千曲川を下に見る位置にあり、人口に膾炙されている。私も俳句大会で訪れた折に目にしている。

三好は、第一に、自然で透明な抒情をもつ「千曲川旅情の歌」を採り上げ、その「音」を精密に分析し、「五七調の一面単調なその調子を最も巧みに生かし切った、それをこの作品のかけがえのない長所とした、見事な場合」としている。また、「この詩の比類のない魅力はそれはいわばこの詩の比類のない単純さにかかっています。」と詩の単純さをあげている。そして否定形による形象的要素が少ない点を挙げている。これは極めて身軽な精神状態、単純な心理状態に読者は置かれると言うことを意味する、とする。

これを三好は総括して、「『千曲川旅情の歌』の大きな魅力は、その内容の単純さ、その内容における形象要素の打消し、いい意味でのそのとりとめのなさから来る単純さと、それから先に言った音韻的成功との、二者が表裏をなしていて、読者の主観的気分がそのために、一方では自由に解き放たれ、一方では濃厚に凝縮される、そういう作用をその詩がもっているからであろうと、」五七調の音楽性と内容の単純さが巧みに絡んで、詩的効果が発揮されているというのである。「音楽性と単純さ」は詩の基本であろうと私は思う。三好も詩の歴史の順序ではあるが、一方で「音楽性と単純さ」を詩の第一と考えたのではないかと思う。言葉が思想の道具として濁ることを嫌った三好にとって、音楽性と単純さこそが詩の自律性を守る要であった。

②薄田泣菫、蒲原有明
日本の詩は、藤村の自然な透明な抒情の詩から、濃密な象徴の霧をまとった詩へと歩んでいった。その初めに現われたのが薄田泣菫、蒲原有明である。三好によると、彼等は、明治38年に出版された上田敏の訳詩集『海潮音』のフランス象徴主義の諸訳詩の影響を受けたとしている。感覚的(思想的にも)、構造的に複雑精緻に、一読ではすらりと意味がとりがたいものとなっている。

「ああ大和にあらましかば」(『白羊宮』明治39年刊)
薄田泣菫
この詩の題名の意味は、「大和にいたならばよかったのに」である。ただし、これは詩の本文を思想的に意味付けすることとは別である。私が避けたいのは、「古代精神への希求」というような大きな物語に詩を回収してしまう読み方である。詩の言葉は、書かれたとおりに、書かれたように読むべきであり、そこに余計な思想や感傷を上乗せしない態度が重要である。後で述べるが、三好もその読み方をしていることに、私は安心と納得を得た。

詩のなかに「夢殿」が出てくることから、また、「往きこそかよへ、斑鳩へ。」や最後の二行の「聖ごころの暫しをも知らましを、身に。」からも、この詩の場所は法隆寺辺りと想定してよいと思われる。そうすれば、詩の場面が浮かび、形象さまざまが心に浮かびやすい。泣菫の場合、象徴主義の霧は、完全に抽象ではなく、古代の空気をまとった具体の上に立ち上がる霧なのである。象徴化された古語の美しさと、それだけの難解さを感じる詩だ。耳慣れぬ美しい古語が並び、折り重なり、詩は象徴の霧を濃くまとって、大和は遠く、憧憬の世界にある。詩は三連からなり、それが場面の切り代わりと見えるが、これは象徴の焦点の移動である。それを三好が読み進め、詩的言語で解きほぐしてくれる。

第一連は、空想の時節神無月の、神無備の森を、三好の解釈に導かれながら、古語の香気をまとって立ち上がる。
第二連は、再び野外の景となり、新しい畑や路を主人公は歩んでゆく。この「新墾(にいばり)路の切り畑」の「新墾」は、私の解釈であるが、奈良の都が拓かれ栄えていく新しさを示しつつ、その背後に古代の息づかいを感じさせる語であり、詩の気配はむしろ古代的である。明るい橘の白い花の匂いに、どこからか、静かな機織り歌だろうか、聞こえる。「ふとこそみまし」は、「ふと目をやるならば」の仮定で情景が置かれ、黄鶲を登場させる。「仮定想像は同時に希望の気持ちが含まれる」と三好は言う。黄鶲のおどけた芸人のように動き、さらに想像を進めて、野の法子児が化けたのではとまで恐れをいだく。そして、詩の収束に向けてあたかも来かかった寺院の暮色の奥から、なにか幽玄な趣の読経の声が聞こえる。そして読経の声はそこらを歩く人の心に沁みるであろうと、詩はしめくくる。三好はこのあたりは、「技巧の妙を極めている」という。
以下のところであろう。
「――これやまた、野の法子児の/ 化けものか、夕寺深に声ぶりの、/読経や、/今か、静こころ/そぞろありきの在り人の/魂にしも沁み入らめ。」
この象徴の重層性と、飛躍の自然さ、そして読者の心に沁み入るような収束の仕方を言うのである。読者は象徴の言葉によって、どこまでも現実の大和に居るかのような気持ちにさせられるのである。大和を経験させてくれるのである。これが泣菫の詩の体質であろう。

第三連は二連ほど技巧の妙はなく、夢殿の庭が具体的に想起され、引き続き暮景である。景色は、木がくれに日が落ち、扉も軋もうかという夕寒の夢殿の庭。そこを浮き歩む若き秀才の僧たち。庭を走る乾いた木々の葉。仰げば高塔や九輪が見え、花に照りそう眺め。「ああ大和にあらましかば」が収束へ向け繰り返され、「聖こころの暫しをも/知らましを、身に。」と身体感覚で終わる。三好は、泣菫が景色を把握する場合、「たたずまひ」の言葉が使われているのを少しだけ指摘している。「たたずまひ」の掴みは、象徴化の方向と通じるのではと私は思う。

三好の文章の良さは、詩を「書かれたとおりに、書かれたように」読んでいることである。三好の文章は「このようなことを言おうとしてる」ではなく、「このように言っている」という文章である。よくある読み方として、「今では無くなってしまった透明な精神文化への希求である」という読みではない。詩に意味付けをしないのだ。詩に意味付けをしないということは、詩を「何かの象徴」や「時代精神の表現」として回収しない、ということである。詩を自分の思想や感傷の器にしてしまわず、ただその言葉がそのように在ることを、そのまま受け取る態度である。意味付けとは、しばしば詩を「わかりやすい物語」に変換する操作だが、そのとき詩の中にある微細な揺らぎや、言葉と言葉のあいだの沈黙は、切り捨てられてしまう。詩人として、言葉に忠実に、言葉を読んでいることがわかる。自分の感情や思いを上乗せしていないのである。これはなかなか難しいことで、よほどの訓練と精神純度がないとできないことである。詩の純度を保つためには、重要なことである。

「智慧の相者は我を見て」(『有明集』明治41年刊)
蒲原有明
三好は、「智慧の相者は我を見て」について、この詩は、ソネット形式(4・4・3・3行の14行詩)で書かれていると指摘する。しかし、ソネットの音韻は減退している。詩行は五七調と七五調の言葉を組み合わせて書かれており、形式は整えられていると言う。続けて、形体こそ短小であるが、構成と、一種弁証法的なかかリ結びとの上で、極めて複雑にまた厳密に作り上げられている。そして思索的深さにおいても人間精神の問題に触れる微妙な観点態度を含んでいる、と解説する。泣菫の精巧繊細な象徴詩に比べると語彙語法が大づかみで、描写的要素は欠くが、暗示はかえって豊かで陰翳が深く、おっとりして重量感がある、とする。

この詩の「相者」は人相見、つまり占い師のことであるが、智慧ある人相見である。この詩での「相者」は、一半面は自分の内面であり、一半面は客観的な視点からの自分を書いていて、二重性を三好は指摘している。有明の思索の深さや精神の有り様がよくわかる。

三好はここで、リルケについては何も語っていないが、三連目の詩句から、私は存在論的な意味合いを感じ取った。また、有明がリルケの同じ生年であることも、偶然とは言え、私には暗示的に思える。この時期に、西洋と日本とで同時に存在を問う詩があることをどのように考えればよいのであろうか。同時代的精神の共鳴として読む方向が考えられるのではないか。有明詩を読むとき、私は、リルケの詩を読むときのように、精神を極度に集中しなければいけないような感覚を覚える。私自身の精神の内奥の何かへと導かれる感覚でもある。

眼をし閉れば打続く沙(いさご)のはてを
黄昏に頸垂れてゆくもののかげ、
飢ゑてさまよふ獣かととがめたまはめ、

「嫋やげる君のほとりを」逃れたら、黄昏の砂漠を飢えてさまよう獣ではないかと自分を思う。それを「もののかげ」から続けている書き方は、自己の存在を「もののかげ」と認識し、「飢えてさまよふ獣」とまで言う。その思索は、存在が影となるような存在の危機感からの、自己の内面への掘り下げである。

次に有明の「霊の日の蝕」「茉莉花」に二篇が解説されている。有明の詩には、魂の問題、霊肉相克の主題が力強く取り上げられるという。
「霊の日の蝕」も、形式的にはソネットを意識した十四行である。日蝕を象徴的に詠んだ詩だが、光が消えたときに、おぞましさが立ち上がっている。一連、二連は日蝕の現象を描写しながら、光りの消滅は、理性や秩序、霊性の覆いが外れた時人間の内に潜む混沌が立ち上がりを意味している。この混沌の立ち上がりを、私は感覚的に古事記的な「おぞましさ」と受け取っている。三連、四連はまさにそのおぞましさの表現である。この部分は、有明の象徴構造と思える。終わりの二行に至って、幽かに精神がたちあがっている。逆説的に光が消えた時に精神が立ち上がるということか。古事記の天岩戸が閉じられた世の暗さが想像される。
噫、仰ぎ見よ、
微かなる心の星や、霊の日の蝕。

「茉莉花」については、「恋愛の純粋性と欲情その他との搦みあい相克は、いったいにロマン派以後の近代文学ないしは自然主義文学の一つの主題となったところのもの」としている。「人間心性のこの問題を、深く切実に詩人自らの問題として、その間の心情のたゆたいが美しく歌われている。」と解説する。この詩には古語や雅語が使われ、「智慧の相者は我を見て」や「霊の日の蝕」のような、存在や魂の底を覗くような心はない。美しく歌われている。三好が末行の「貴(あ)てにしみらに」をよく味わうようにの進言が、この詩のもっともの美しさを示している。
一連の
阿芙蓉(あふよう)の萎え艶めけるその匂ひ
三連の
生絹(すずし)の衣の
衣ずれのおとのさやさやすずろかに
四連の
貴(あ)てにしみらに。
は特に美しく歌われている。阿芙蓉は、芥子のことである。
二連の
痛ましきわがただむきはとらはれぬ。
は、三好のいう詩人の切実さであろう。この詩人の内の切実さは有明詩の特徴と言えるのはないかと思う。

三好によると、象徴詩のいわゆる「象徴」が、単なる比喩以上の広く深い「把握」とその鋭い繊細な「摘出」を意味していると言う。これは、私が俳句の創作において、顧みれば同じことをしている。私の作句方法を図らずも知ることになった。象徴詩的方法を用いていることになる。三好の明晰な詩の読み方が詩の外側からの批評とすれば、私のこの詩論的考察は詩の内側から静かに照らす考察となっていることに気づく。
(続く)