NEW8月27日(水)

晴れ
街中にほてい葵を咲かせたり 正子

●朝顔が、二十ほど咲いている。咲き始めたときは濃い青だったが、今は薄い青色。栄養が足りないのかもしれないが、微妙な青で青い雲の印象。伸びに伸びた蔓に困っているが、花はその蔓に咲いている。

出汁を取った後の昆布を冷凍しているのが溜まったので、二センチ角に切って、佃煮風に炊いた。今日も危険な暑さで熱中症アラート。料理していたとき、ふらっとしたので十分注意。「こんなはずはない」と思う一方、まさかの、年寄りの脱水状態かも知れないと思った。

●今読んでいる「ヴァレの四行詩」を「風景詩」と呼んでいいのかどうか悩んでいる。ネットを探し、「最後期のリルケにおける風景詩について」(熊沢秀哉著・岐阜淑徳大学の紀要)があったのでダウンロードして印刷。最後期がどの詩にあたるのか、論文を読んでみないと分からない。自分でそうだと思っても学者が言ってくれないと、「風景詩」という一言が使えない。

『リルケ詩集』(富士川英郎訳/新潮社)にリルケの「風景詩」の説明が載っているか探した。詩集には「ヴァリスのスケッチ七篇」があった。「ヴァリス」は「ヴァレ」のドイツ語の言い方。この七篇が「ヴァレの四行詩」が「ヴァレの四行詩」あるか確かめたが、なかった。では、土の詩集にあるのか。これを調べなくてはいけない。『果樹園』なのかもしれない。

●それにしても気になるのが、WPのコメント欄に書き込めない人がいること。なぜ書き込めないのか、エラーの出るケースを注意書きとして書いているのに、なぜかだ。
パソコンが本格的に家庭に浸透しはじめたのは1995年。そのころ、通産省の外郭団体からシニア情報アドバイザーの資格をもらっていた信之先生と私は、パソコンの電源の切り方をシニアに教えるのに苦労した。ほかにも、マウスを自然な手の形でにぎれない。キーボードがスムーズに打てないなどは例外としてあったが。一般の電気製品を使う感覚でスイッチをいきなり切ってしまう。

今回のWPの場合、何のためにエラーが出ているのか、その意味の理解がない。専門用語、英語が使われるので、直観的に理解しにくい。あるいはユーザー側の問題をこちらでくまなく把握するまでの技術的知識が私にない。例えば、Cookieの設定、JavaScriptの有効化、ログイン状態などが関係しているなどがあげられるが、これを本人に伝えてもそれがわからない。けれど、当の本人は泰然として、いままでパソコンを使ってきたのだら、出来ないはずはない。こちらの設定の不備を言ってくる。ウィンドウズ開始世代の何割かは、技術のバージョンアップについていけなくなっている。日常使うパソコンが、専門用語と英語だけで語られる不便さ。パソコンが一般に開放された時、慶応大学のSFCの教授は学生だった息子に「6歳から90歳までが使えるものでなくてはならない」と強く言っていたそうだ。そうであって欲しいがその理念はどこへ行った。