晴れ
●2月月例ネット句会の入賞発表を昨夜のうちに済ませたので、今日は時間に余裕ができた。
https://suien.ne.jp/getsurekukai
●小峰書店の編集者の方が、丁寧な手紙をくれていた。その返事を書く。句美子の
「ごちそうに桜の花びらふってくる 句美子」
の俳句はがきがあったので、コピーして同封した。
●俳誌3誌が送られてくる。「火神」(No.84,85)、ひろそ火、灯。
●寒さで、キャベツが美味しそう。その上安い。ロールキャベツを作った。信之先生がいたときは、ロールキャベツを皆にふるまって、ずいぶんお変わりをされたことを思い出した。失敗なく作れるので、安心な料理。
ゆうまくん、帰るまぎわ、急に泣き出す。私のもっているものを触りたがっているのは、わかった。私の持っている文庫本に触りたいようだ。渡すと、読むような感じで捲っている。表紙のカバーをはずししばらく持たせたら、喜んで、いろいろ触っている。これも好奇心のようだ。
●ゆうまくんが触りたがった文庫本は『詩を読む人のために』(三好達治著)を再読している。近代詩を見直してみるのにいい。藤村の「千曲川旅情の歌」。これは音楽性とわかりやすさの単純さを分析しながら挙げている。思えば、リルケと藤村はほぼ同じ時代の人。次が薄田涙菫の『白羊宮』の「ああ大和にあらましかば」。この詩が発表される前に上田敏の『海潮音』が出ている。「秋の日のヴィオロンの」に始まるベルネーヌの「落葉」(この文庫本での題名、「秋の日の歌」が原題)とが有名で、フランスのシンボリズムの初め手の輸入と言えよう。「ああ大和にあらましかば」は、シンボリズムの影響を受けているというが、泣菫独自の耽美主義という人もいる。大和朝廷の文化のなかにいたならばの仮想の中での詩だが、たしかに古代文化を美しく捉えている。藤村の純粋抒情から急に難しくなっている。今夜はここまで読んで眠ってしまった。