NEW8月29日(金)

晴れ
空色の朝顔氷水に挿す 正子

●今朝は涼しい風が吹いていたので、窓を開けて風を入れた。朝顔の色が今日は空色で咲いた。「青雲」という名前の朝顔を植えたが、これは青色だが、毎日青の色が違っている。「違っている」のではあるが、それは「違って現れる」と言ったほうがいい。

●「以下に示すのは、リルケ晩年の風景詩に対して、俳句による「詩返」を試みる一考察である。詩返とは、詩に詩で応える営みであり、単なる翻案ではなく、詩的精神の対話である。ここでは、熊谷秀哉氏およびベダ・アレマンの研究を踏まえ、俳句による応答の可能性を探る。」

「リルケの最後期の風景詩」について
リルケは『ドゥイノの哀歌(悲歌)』、『オルフォイスへのソネット』という彼の二大詩篇を書いたあとに、1924から1926年に「最後期の作品」を書いている。フランス語で書かれた『果樹園付ヴァレの四行詩』も、最後期の詩群に挙げられる。これらのたくさんの詩群を大作を書いた後の余技的なものと見るか、最後期の一群の詩作品として位置付けるかの二つの考えがある。この最後期の作品についてはようやく研究が進みつつある状況にあるようだ。私は全くリルケ研究の外にいるが、俳人の立場にいる私は、余技ではなく、詩群としての位置を与えた立場に立ちたいと思う。これは私情による評価ではなく、詩的本質に基づく判断である。

さて、『果樹園付ヴァレの四行詩』が「風景詩」と呼べるのかの疑問があるが、岐阜聖徳学園大学の紀要に「最後期のリルケにおける風景詩について」(熊谷秀哉著)が載っていた。この論文から、『果樹園付ヴァレの四行詩』は風景詩であることが確かめられる。この論文からリルケの風景詩についての部分を要約すると以下のようになる。。

リルケ晩年の作品には「魔術的言語」の詩群と、平明で軽快な詩行を特徴とする風景詩群に分けられていて、『果樹園付ヴァレの四行詩』は、後者の風景詩群に分類される。これは、一見穏やかで親しみやすい印象を与えるが、実は深い抽象性を内包してる。 風景の描写は、単なる視覚的再現ではなく、精神的な「乗りだし」—つまり、既存の安定した状態から新たな存在の地平へと踏み出す姿勢—を象徴しています。これはリルケの人生観や詩作の根幹にも関わる概念である。

つまり、リルケの風景詩は、単なる自然描写を超えて、彼の精神的探求や存在論的な問いを映し出す鏡のようなもので、晩年の作品群には、スイス・ヴァレー地方の山間の風景に触発された詩が多く含まれ、そこには静謐さと抽象性が共存している。

この立場に立って「ヴァレの四行詩」に取り組むことになる。私は「ヴァレの四行詩」に自分で造った「詩返」という言葉を使って俳句で応えようとしている。俳句で応えるとき重要な心構えとして、熊谷秀哉氏が指摘しているリルケの風景詩の重要な部分が関係してくる。再度引用すると、「一見穏やかで親しみやすい印象を与えるが、実は深い抽象性を内包してる。 風景の描写は、単なる視覚的再現ではなく、精神的な「乗りだし」—つまり、既存の安定した状態から新たな存在の地平へと踏み出す姿勢—を象徴しています。これはリルケの人生観や詩作の根幹にも関わる概念である。」
この文章にある「抽象性」は、俳句の季語のもつ「象徴性」で解決をできる限り図る。季語が明確に使えない場合は、季感(季節感)で埋め合わす。「乗りだし」については、これは俳句を作る態度として内面・内部への精神の集中と新境地への展開や飛躍を考慮にいれて出来る限り解決を図る。

またリルケの詩に対して「詩返」という俳句の短詩形式で応えてよいかという重要な問題がある。そのことについては、同じ論文にアレマンの「時間と形象」についての考察があった。

ここでアレマンの「時間と形象」についてのべると次のようである。

アレマンの「時間と形象」
「Zeit und Figur beim späten Rilke(晩年のリルケにおける時間と形象)」は、スイスの文学研究者ベダ・アレマン(Beda Allemann)が1961年に発表した重要な詩学研究であり、このタイトルは、リルケの晩年の詩作品において「時間(Zeit)」と「形象/人物(Figur)」がどのように詩的に構築され、意味づけられているかを探るものである。

「Zeit(時間)」の意味
リルケの晩年詩には、時間が単なる連続や過去・未来の流れではなく、心の深層に垂直に立つものとして描かれる。たとえば彼は「消えゆく心の方向に垂直に立つ時間(Zeit, die senkrecht steht auf der Richtung vergehender Herzen)」と表現し、時間を存在の深みと関係する詩的・哲学的な次元として捉えている。

「Figur(形象/人物)」の意味
「Figur」は単なる登場人物ではなく、詩の中で時間や空間と交錯する象徴的な存在です。リルケの詩では、人物や物体が「動き」や「曲線」として描かれ、それが詩人の内面と外界の関係を象徴するのである。たとえば、鷹の飛翔やボールの放物線などが「Figur」として詩的空間を構成する。

この研究の意義
アレマンの研究は、それまで空間(Raum)に偏っていたリルケ研究に対し、時間という詩的構造の重要性を強調した画期的なものです。彼は、晩年のリルケが「世界内面空間(Weltinnenraum)」を詩的に構築する中で、時間と形象がいかに深く絡み合っているかを明らかにしたことにある。

では、このアレマンのリルケ研究が俳句とどう関係しているかを考察すると以下のようになる。

「見る人」としての共鳴
アレマンはリルケの詩における「時間」を、単なる流れではなく、存在の深層に沈み込む凝縮された時間として捉えた。これは、俳句において「観照」や「呼吸」(詩は呼吸であるーー正子)を重視し、事物が内面に沈み込む過程に共鳴がある。

また、リルケが「見ること」を「集我(しゅうが)」——つまり、対象が自己の内部に沈み込む精神的営みと捉えたように、俳句において、「観照」は、主観を交えずに冷静に見つめ、内的洞察を深めるという詩的姿勢の重要性をもっている。

「時間」と「形象」の詩学
アレマンは、晩年のリルケが詩の中で「時間」と「形象(Figur)」を交錯させ、詩的空間を構築する方法を明らかにしたが、俳句もまた、自然や事物の一瞬を切り取りながら、その背後にある根源的な時間や存在の気配を捉えようとする。たとえば、臥風先生の句「若葉蔭砂うごかして水湧ける」は、時間の凝縮と形象の動きが一体となった詩的瞬間であり、アレマンが論じたリルケの詩的構造にも通じるものだ。

以上のような理由からリルケの風景詩に「詩返」としての俳句で応えることは、俳句の一在り方として許容されるものと思える。