1月2日(土)

俳句

晴れ
○新年句会に投句のための句を拾いに鯛ヶ崎公園へ。

○夕方長男が来て、御節で新年を祝う。午後5時到着の予定が午後7時。関越道の渋滞のため、所沢から日吉まで4時間かかったとのこと。
数の子は、やはり、限定品の北海道産のものが当たりでした。
黒豆は今年はとくにふっくら煮えました。
田作りは、もとの魚がよかったようです。
海老は、ミソが一品でした。

○元旦のラジオ深夜便。高村薫氏への新春インタビューの終わりあたりから聞く。
経済も、社会も、政治も行き詰まった感じがあります。では、今年の希望は?の質問に「言葉の深みでしょうか。」の意味のことを話された。やはり、そうでしょう。同感です。

○新春インタビューに引き続き、石川啄木の『一握の砂』が朗読され、合間に唱歌が流れる。唱歌は「灯台守」など、美しいもの。そして「青葉の笛」も。なぜ、『一握の砂』を今日正月に、と思いつつ聞く。派遣の切捨てなど社会問題のある世のせいか、とも思いつつ。最後にきて、『一握の砂』出版100年に当たりますとの紹介。

唱歌は、深夜便を聴く人の年齢に合わせたものだろう。唱歌を聞きながら、今、美しいもの、善なるものは、否定されていると思う。日本人の感じ方の特徴であった「もののあはれ」。それにしても、やはり驚くのは、笛の名手と和歌の名手二人の平家の公達を歌った「青葉の笛」が流れるとは。平家の話をすれば、夜中、私の祖先は清和源氏と聞かされていることを思い出だし、日本人は、文学好きの民族ではないかと言う考えも浮かぶ。平家物語があればこそ、「青葉の笛」がしみじみと聞かれる。首をはねた武将もあわれ公達の弔いのために、寺を建て祀る。戦が物語として、言葉になる。それこそ、高村薫氏のいう、言葉の深み、重みであろう。世の中の行き詰まりのとき、言葉は深む。

12月31日(木)

俳句
大晦日の月を見上げつつ帰る
大晦日の月のくまなき明るさに
ヒアシンスしんと冷えたる玄関に

○晴れ。
昼間は比較的暖かい日和でしたが、夕方から急に冷え込む。23時には2度。
無事今年も終わり。

正子の俳句日記をお読みいただき、ありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いいたします。よい年をお迎えください。

12月30日(水)

俳句
はぐくまれ蕾ふくらむヒアシンス
松の枝に沿わせ水仙すっくと活け
水仙の香がうっすらと朝の玄関

晴れ
○今年もあと一日。ブログ句会の12月月間賞と、年間賞の句を信之先生と検討する。

○オンライン新年句会は3日。

○2月号発送のとき、俳誌協会主催の俳句コンクールの応募用紙を同封する。このコンクールの締め切りは、1月31日。

12月28日(月)

俳句
水仙と松が荷となり届けられ
水仙の葉くずを年の瀬のごみに
活けようとすれば千両の実がこぼれ

○コープに注文していた正月のものが届く。

○昨夜、句美子が2月号発送用の封筒を準備してくれた。

○昨日の日経記事小磯良平の特集。その中からの抜粋。

 小磯の絵には癖も誇張も無い。虚栄心や押し付け、尊大さとも無縁だ。作者の人柄と同じく、そこには一本一本の線に至るまで、描く対象を包み込むような温かさがあった。
 戦後の洋画壇は抽象へと大きく舵を切った。だが小磯は「僕の絵は古い絵だから」と言いつつ、写実の本道から最後まで外れなかった。

小磯は本格的な絵画を描く際、常にモデルを必要とした。だが、目に映った現実をそのまま描くわけではない。女性はより美しく、若者たちはより若者らしく、植物ならばより生き生きと画中によみがえらせた。モデルはモデルであると同時に、
小磯の美意識を具現化するための触媒でもあった。モデルと作品の間には紙一重ともいえるが、決定的な差異があった。両者をつなぐものはなんだったんだろう。

○小磯良平の絵に最初に出会ったのは、カレンダーである。安井曽太郎も、梅原龍之介もしかり。銀行などがくれるカレンダーにそういった絵が使われていた。子どもながらも、いろいろな絵があることを知って、毎日見るうちに、画家のだれではなく、どの絵が好きかもおのずと決まってきた。小磯良平の絵もその中のひとつ。

○有名な詩人(今日は度忘れして名が浮かばないが)が詠んだ場所が大変美しい。本人の話す場所もいかにも美しい。そこに案内された友人が、はてさて、この場所のどこがそれほど美しいのか首をかしげたという話。

12月27日(日)

俳句
戸に付けし飾りに鶴を舞わしむ
冬三日月もう入りかけし街の空
皸の指を組みてはものを書く
牡蠣うましことに宮島湾のもの
くちなしの実も丸餅も荷となれる

晴れ
○平成22年花冠各賞の方に賞状と賞品の扇子を送る。女性二人には正子の書いた扇子。男性二人には信之先生の書いた扇子。私が扇子に書いたのは初めてのこと。地で書くよりほかなし。

○咳が収まらず。したがって、早めの年用意。お飾りを飾る。
(夜、思いついてホッカイロを気管支のあたりに当てたら、こころなしか咳が鎮まる。)

12月26日(土)

俳句
新聞紙に白菜包みその形
もの燃やす煙も火も澄む年の暮
かりんの実ほとんど採られ年の暮
葉牡丹の白に初雪くればよき
藪柑子描かれしはがきをもらいける
龍の玉つくばむ少女の目に映る

晴れ
○書友閣に注文していた白扇が届く。女持ち5本。男持ち5本。

○来年の干支の寅を句美子が買ってきてくれる。久月の土鈴の寅と、やはり土鈴の黄色に黒縞の小さい寅。

○正月に備えて、冷蔵庫のものを少なくする。徐々に正月の準備。三肴の準備ができたので、一安心。明日は早いけれど、日曜日なので、玄関飾りも付けて、お飾りも備える。

12月24日(木)

俳句
黒豆を煮る香を背なに賀状書く
仕舞い湯のゆずの二つを持ちあがり
クリスマスイブの苺の赤つよし

晴れ
○花冠2月号の初校を済ませ、印刷所にファックス送信。今回は、3箇所のみ。

○俳句界2月号の結社広告の校正を済ませる。
俳句界3月号結社広告の原稿を同時に送信。担当の小倉さんから、拙句「鉛筆を削る木の香の春めきて」にコメントをくださる。きょうは、この句のようなぽかぽかのいい陽気だったそうだ。

○俳句界1月号が昨日届く。「俳句は心境の文学」という活字が目にはいった。

○年賀状を午後信之先生と印刷して、夜、黒豆を煮ながら50枚ほど書いた。

○午前10時からの野菜市に出かける。このごろは、これが楽しみ。年末は29日に開くそうだ。

12月22日(火)

俳句
追羽根に似て数え日の羽根和三
夜の凍てて抹茶の泡をふくっくらと
水仙の花鳴るまでの沖の風
蒼きまで冬至の夜空澄みてきし
冬至の夜空金三日月を掲げあり
凍空に星ひとつ連れ金三日月

晴れ
○12月21日の子ども俳句の返事を送信。

○風邪気味。日吉本町あたりでウィルス性の胃腸炎が流行る。