12月24日(火)

晴れ
聖イヴの明星空に高く出で      正子
On Christmas Eve, a star rises high in the sky. This haiku paints a picture of a quiet, sacred night with the appearance of a significant star, reminiscent of the Star of Bethlehem.
聖イブの暮れたる街をベランダより
  From the veranda, the city on Christmas Eve is twilight. This haiku conveys a sense of calm and introspection as one observes the city's gentle transition from evening to night, perhaps filled with the soft glow of holiday lights.
(Both haikus create a vivid scene of peace and wonder, perfect for the contemplative atmosphere of Christmas Eve. )
●今日も冷え込む。午前中、そごうの鳩居堂へ葉書きを買いにいく。ぼかしの入ったのを4種類計80枚買った。それにお年玉袋。受験生用に「落とし玉」にならないように、「あげ あげ」と書いたお年玉袋があった。それもどうかと思い巳の絵だけのを買った。しかし、何と書いて渡そう。「運気 あげ玉」とでも書きますか。

●午後は晴美さんがお茶に招待してくれたので、二人でシュトレンと紅茶で楽しく過ごした。苺を持参した。ワインとポトフ、柚子大根のサラダ、柿など果物。お赤飯の炊き立て。これはわざわざ炊き立てにしてくれた。圧力釜で15分で出来上がり。とうとう宵の明星が出るまでいて、ベランダからの夜景を見せてもらった。クリスマス・イブらしい夕焼けと明かりの灯った街の景色だった。それに炊き立ての赤飯のお土産を胡麻塩までつけてもらった。

●花冠1月号がみんなのところにやっと届いて、届いた連絡が入る。このごろの郵便事情には気が気でない。20日午前中に出したものが、24日に届く。この配達日数に慣れていない。敬二さんが朝一番に電話をくれ、祥子さんは書き込み。名古屋や秋田には昨日届いたようだ。近くは洋一さんやますみさんから。今日は京都や松山からも。この分ならみんなのところに届いている。

12月23日(月)

晴れ
●寒波の来襲で冷え込んでいる。自分で調合した粉で蒸かし饅頭を作った。100gの粉なので、出来たのは4個。出来立て2個を今日のおやつに。残り2個は明日のおやつに。明日は、美味しいシュトレンが送られてきたからと、一緒にお茶をと招かれたので、友達のところに出かける。何を手土産にしようか、思いつかない。AIに聞いたら、みかんとか、苺とかがシュトレンにあうと言うので、苺を持って行くことにした。
●正月が近くなると子供にもすることがあった。祖母の手伝いで神棚の清めをする。神様のいる社の扉が開いたところを見たことがない。そこに神様がいるのか、どうか。一度見てみたいと思うが、開けるのが怖い。小学2年生のときだったか、近くに住む伯母に、神様見たさに開けてもよいかと聞いたら、笑いながら「いい」と言ってくれた。開けると、何もなかったし、誰もいなかった。その空間は、少し奥行きがあったが、神様を見ることにはならなかった。神棚を見るといつもこの時のことを思い出す。正月には松を飾り、小さい鏡餅を供える。

12月22日(日)

晴れ
墓参の車窓刈田明るく広がれる 正子
冬野とは遠きものまで輝きぬ  正子
手向けたる冬菊一つの花が落ち 正子

●お寺の寿餅会に元と出席。そのあと墓参。寿餅会も墓参も一人で行こう思ったら、元が来ると言うので一緒に出席。お土産に、蜜柑、ぼたもち、切り餅を頂いたので、お墓に供え、下げて持ち帰り、仏前に供えた。
寿餅会はいろんな宗旨の人たちがいるがお経は「なみあむだぶつ」だった。元が浄土真宗のお経だよ、と言う。この子いつこんなことを知ったのかと。手には父親の形見の数珠を持っていた。

お寺の境内には一袋なんでも200円の野菜が売られていた。八つ頭2個とキャベツを買った。キャベツと八つ頭ひとつは元に持たせ、残りの八つ頭は自宅用に持ち帰った。元が八つ頭の名前を「なんだっけ」と何度も聞く。私の舌には、八つ頭は里芋よりおいしいと思える。(八つ頭も里芋の一種ですが、ここで私の言う里芋は一般的に広く出回っている愛媛なら「女早生」などの里芋のこと。この里芋も掘りたてはほっくりしておいしいのは事実ですが。)
●自分の中によく湧いてくる思いは、いったい何であるのかよくわからないが、一つの傾向をもっている。それが「哀愁の想い」であるのではないかと気づいた。

12月21日(土)冬至

晴れ
すとんと日の落ちて冬至のうす暗さ 正子
冬菊のつやめくものが供華の束    正子

●冬至。明日11時からお寺で寿餅会があるので、今日花を買っておく。明日は元が来るとメールがあった。

●賞品の葉書に書く句を練習。法隆寺の墨を磨るがなかなか濃くならない。筆ペンはいつものが無くて買わないでいる。
はじめの四句は今年角川大歳時記に採録された句。
鉛筆を削る木の香の春めくを   正子
受験子の髪ふっくらと切りそろう 正子
水に触れ水に映りて蜻蛉飛ぶ   正子
ストールをひらりと剥いで吾にもどる 正子
衣更えて夫さわやかに旅立てり    正子
運河ゆく汚れし船もみな涼し     正子
  尾瀬
山小屋の湯にいて秋の笹の音     正子
冬星をひとつ連れ行く海の航     正子

12月20日(金)

晴れのち曇り

●花冠1月号(No.372)を今朝南日吉郵便局から発送。名古屋、関西には23日(月)に松山・広島には24日(火)に届く予定。

●うれしいことに「百鳥」俳句会から、2月号に「俳壇12月号」の吉田晃さんの「月の島」からの句を取り上げ、鑑賞してくれると連絡があった。ついては掲載誌を送りたいので住所を知らせてくれるようにと。その方は、徳永真弓さんで、ご夫妻とも松山出身とのこと。「百鳥」も石楠系の雑誌。これを縁と呼ばず、なんであろうか。

●編集のあと片づけ後、年末に洗いたいものなど一切合切を洗濯。
1月号の編集は編集中に帰省したこともあり、校正に十分に手がまわらなかった。校正で直したはずのところが直っていなかったし、いろいろ出て来る。この失敗による自己嫌悪に堪えるために、午後は音楽を聞いていた。ブラームスを聞いている。昨日アマゾンで料理の本を頼んだのが夜8時ごろ届いた。日曜日に句美子にプレゼントする。鳩居堂に行く元気がなかった。

12月19日(木)

晴れ
捨て水に山茶花こまかく散りており 正子
息するも山茶花散るも日蔭なり   正子
●昼間も冷え込んでいる。この冷たさにもかかわらず、わが家のベランダでは夏の花の白いペチュニアと白いベゴニアが、よく咲いている。アメリカンブルーには、ビニールをかぶせて保温している。お供えに小さい最中を二種類買った。一つは栗入り。日持ちがしないのだが、お手頃値段なので買った。最中の香ばしい匂いがしている。

●夕方花冠1月号(No.372)が届くので昼間発送用の封筒など点検。配達指定時間にずっと待っていたのに届かないので、宅配の置きボックスを見ると入っていた。1冊信之先生に供え、すぐ封筒に入れ、発送準備完了。レターパックで送る分4件は今夜投函した。残りは明日別納で郵便局から発送する。
●年賀状とお歳暮が済んだので、今年最後の仕事の月例ネット句会の賞品の発送だけになった。あす葉書きを買いに鳩居堂へ行く予定。シルクスクリーンも似合わなくなったので、他を考えなくては。忘れず筆を新しくする。

12月18日(水)

晴れ
白菊も黄菊も活けて冷ゆるのみ  正子

●12月月例ネット句会に初めて投句された土橋みよさんが、花冠に入会された。新会員入会は1年半ぶりのこと。取り立てて勧誘をしていないので、自らの意志で入会されたので、花冠にも明るい将来が見える。

●きのう夕方、はがきを投函しに道路に出た。すぐ近くに空き地があり枯草が覆っている。道路の端から枯草むらに黒い小さい影が走った。ネズミではないかと思う。一瞬のことで姿を確かめることができなかった。秋だったか、綱島街道のバイパス沿いの植込みにドブネズミが逃げ込むのを見た。近くにネズミがいるのだ。ねずみの目撃頻度が高いとさえ思う。

ネズミと言えば、その捕獲者チョウゲンボウを思い出す。「長元坊」という面白い名前の由来はわからないそうだ。「枯野の猛禽」というらしい。ハヤブサ目ハヤブサ科ハヤブサ属と言うから、れっきとしたハヤブサ類だ。このチョウゲンボウが鶴見川沿いに居ると聞いている。それらしいと思う鳥を見たこともあるが、確かめることができない。来年はチョウゲンボウを鶴見川へ探しに行こうと決めた。下流ではなく中流あたりかも知れない。

12月17日(火)

晴れ
●急に寒さが厳しくなった。霜が降ったりはしないが、すぐに体が冷える。
●「ゆうメール」のスタンプを買いに日吉商店街へ行ったが、売っていない。仕方なく、郵便局に封筒を持って行ってスタンプを押して帰った。切手やレタックス、スマートレターも購入。
 
●「角川俳句」12月号には、クローズアップに髙橋句美子の新作7句「冬の星」が掲載された。

同じ号に「日本語の美学」と題して言語学者の金田一秀穂氏と玉藻主宰の星野高士氏の採録対談が載っていた。司会は星野高士氏の娘の星野愛氏。星野高士氏は、ホトトギス派(虚子一門)なので、「季題先立て」の方法で句を作られ、対談でも下に引用した発言があった。季題先立ては、季語や季題を重視し、それを軸にして句を作ることで、季題や季節を強調し、自然の美しさを詠う。

星野氏は次のように言っている。「俳句は花鳥諷月や季語、季題からみて何を発想するか。私にはそれが永遠のテーマです。ところが今はいろいろな場所で俳句会をしていると、みんな現地で考え、まず言葉がでてからどの季題にしようと考えている。吟行でも歳時記を開いている人がいると、それは駄目ですよと言います。そういう風に作ると、当てはめているような句が多いんですよね。成功すれば問題ないですが。」

しかし、一方で作句の方法には、「後付け」の方法もあって、独自の魅力があり、観察や体験を大切にすることで、より個性的で新鮮な句が生まれることもある。同じ人がどちらの方法もとって作句することもある。星野氏の「それは駄目ですよ」と言ってしまうのは問題を孕んでいる。「成功すれば問題ないですが」とは言っているものの。星野氏はホトトギスの後継者として著名ではあるけれど、「私の流派では」の断りがあってもよかったのではと思った。そうしないと、初心者は俳句は「季題先立て」で作るものと思ってしまう。総合俳誌は俳句を勉強したい初心者に熱心に読まれているから注意が必要と思われる。
また、「後付け」の方法をとる場合の「観察や体験を大切にする」というのは、観照の態度や心境のレベルなどを含めて、仏教的、哲学的次元などが考えられる言葉で、それは詩の根本をなすものなので、受け流してはいけない。
この対談はほかにも面白いテーマがあった。それは、のちほど折に触れて書きたい。

12月16日(月)

晴れ
大学の銀杏黄葉の奥から散り   正子
銀杏黄葉の坂の上なる校舎まで  正子
改札の中に一葉の大紅葉   正子

●循環器の定期受診。診察室にクリスマスの花が箱に入れられていたので、担当医師に「かわいいですね」というと、嬉しそうに「ありがとう」と。病院も季節感を大切にしている。
●病院に行っただけなのに、疲れて何もできなかった。今日はいい天気で、昼間も冷え込んだでいるので、体が冷えた感じ。暖房をしっかりして、音楽を聞いた。年賀状は喪中明けなので、仕舞にされる方もいると思いながら、夜中近くなって書いて、すぐ投函した。

●Yさんからはがき。シニア施設に入居され、そこはホテルのようで快適な様子。しかし「自分の俳句ができないのは予想外」と書いてある。すぐに彼女の住所録を書き換え、返事を書いた。

12月15日(日)

晴れ

●夕方、アップルパイと、おかずを句美子の家へ持って行く。帰ってから夕食。日曜9時のクラッシック番組、今日は途中から、シューベルトのザ・グレートを聞く結果となった。指揮は97歳のブロムシュテット。あとでYouTube で小澤征爾指揮、サイトウキネン・オーケストラで聞いた。同じのを前にも聞いていたが、2楽章と3楽章の間の長さ、いつも何かを思う。58秒ある。普段「調」はよくわからにので気にしないで聞いたいたが、3楽章を聞いて「これがハ長調というものか」と初めて認識した。

●花冠1月号正子の俳句日記に校正ミスを見つけた。書いたその時に間違えないようにするのが最善。本日より気を付ける。