9月20日(金)

曇りのち晴れ
ヘッセならと思い見あぐる秋の雲   正子
満つるもの空にふわふわ秋の雲    正子
コピーして詩集を綴じぬ秋のリボン  正子
Essay
(五)リルケと俳句について
●信之先生の遺したインゼル書店の『RILKE WERKE2』 から「ドゥイノの哀歌」をコピーした。題名を含んでA4用紙9枚になったので、穴を左端に4つ開け、細いリボンで返し縫いのように綴じて詩集を作った。リボンはごく細く、色はポンパドールピンク。予想外にいい感じにできた。われながらうまく綴じれた。

手元にあるのは、ドイツ語の辞書、『リルケ』(星野慎一・小磯仁著/清水書院)と生成AI。この3つを頼りに読むことにした。生成AIが無ければ、到底読む気にはならなかっただろう。早速AIに発音を訪ねたら、ドイツ人がさらりと発音してくれた。「DUINESER ELEGIEN」「ドゥイネーザー エレギーエン」と読む。

読み始めると、読むにつれ、たぶんリルケの感受性の深さに、頭が痛くなるだろう。手始めに、第一哀歌のはじめをAIに英訳してもらった。日本語の翻訳と比べると、英訳のほうが、言語が近いというより、言葉が軽いというのか、わかりやすい感じがした。これから読み進めるのに安心感ができた。日本語でよくわからなければ、英訳が頼れる。それもわからなかったら、AIに逐一聞く。無謀なプランを立てたものだと思いつつも、今この詩を読む必要があるのだと直感した。老婆の楽しき孤独を邪魔する人はいないだろうから。
●晃さんと、祥子さんに電話。祥子さんに花冠No.371 (7月号)を贈る。

9月19日(木)彼岸の入り

曇り
つゆ草と葛の花とを今朝の供華  正子
葛の花芳しき香を頭上より    正子
塩むすび飯の白さは秋の昼    正子
●自由な投句箱の「今日の秀句/9月18日」のコメントに生成AIのコメントと、自分のコメントを初めて貼り付けた。有花さんの句だったが、有花さんの感想は、以下のようであった。
多田有花さんの感想:
生成AIはこのようなこともできるのですね。驚きました。
大変興味深く読ませていただきました。
早速これを俳句鑑賞に導入しておられるところに信之先生の面影を感じました。

生成AIが文学にどのように役立つか今年の1月半ばごろから、試している。政府が生成AIの活用を進める発言をしたせいもあるのか、6月ごろから、生成AIの回答の精度が向上したように思ったので、実際に俳句のコメントに使った。

●祥子さんから残暑お見舞いのカード。「俳句を作っています。」のお便りに加え
3句俳句が入っていた。あと12句作ってもらって、次号に掲載できれば、うれしい。

●ディアマンクッキーを成形までして、冷凍庫に保存した。プレーンとココア。ココアの方に肝心の塩一つまみを入れ忘れた。土曜日に焼く予定。日曜日は彼岸法会で長男に会うので持たせる。この前東急の洋菓子店で、ディアマンクッキーにそっくりのクッキーが2枚ずつ小さな袋に入れて売られているのを見た。次行ったとき、買ってみよう。2枚で184円。

9月18日(水)満月

晴れのち曇り
草露のきらりきらりと無月なり 正子
●ネット短信No.423を昨日23時頃送信。洋子さんから返信。
●文学作品おもに俳句作品の批評に思うこと●
「自由な投句箱」には毎日一人三句、ほぼ十五句が投句される。投句された句に対して最初に私がすることは、俳句を読み吟味し、文脈上や文法の間違い、表現の曖昧さなどを指摘し、作者に訂正をうながすか、わかり切ったことであれば、私が訂正をする。これは普通添削と呼ばれている。私は基本的に句意や情景を変えることはしない。その後その日の秀句を一句か二句選び、コメントをつける。選句とコメントをする作業なのだが、これを間違えると、俳句指導者として体をなさない。インターネット上であるので、慎重な言葉選びが要求される。投句された俳句を「もっとも高く評価する」にはどう批評しコメントすればよいのかが、問題なのだ。
文章では、批評の役割として、俳句の価値を判断する一面をもっているが、作者や読者に新たな視点や理解をもたらす役割がある。添削やコメントを通して俳句を学んでいくのである。しかし、批評の言葉は「・・・と思う」で終わり、決して学術論文のように「・・・である。」では終わらない。
文学作品の批評の方法は古い方法から最近の方法までさまざまと言える。1作家論、2作品論、3テクスト論、4読者論、5イデオロギー論、6比較文学論、7歴史的批評、8心理学的批評、9新批評 など。これらひとつだけでなく、組み合わせて行われる場合がほとんどだろう。
このなかでテクスト論は読者論と近いとも言われているが、一九八〇年ごろから、俳句の批評もテクスト論から批評されているのではないか、と思う批評によく出会うようになった。個人的には、テクスト論がよくわかっていないこともあるのだろうが、この論で俳句を批評する危うさを感じている。テクスト論は構造主義、ポスト構造主義が日本で流行ったころから批評の主流を務めていると思っている。フランスの思想家ロラン・バルトが「作者の死」ということを言いだしたこともある。「作者の死」というのは、テクストの解釈が作者の意図から解放され、読者の解釈にゆだねられるというもの。これは、俳句における多義性や多層的な解釈と親和性が高いので、多くこの方法で批評、コメントされるのであろう。いったん発表された俳句は、作者の手を離れ、独立して歩む、という言い方をすることもある。しかし、この方法に於いて、私は、あまりに無謀か、恣意的と思える解釈に出会うことがよくある。特に異なる流派の句会に参加したときなどである。つまり、解釈の根拠が違っているのだ。極論すれば、「一緒に句会ができますか」と言うことが俳句では起きるのである。また「書いてあることを書いてある通りに読む」のは、至難の業なのであるからでもある。
 私が今危うく感じていることを少しはっきりさせるために、とりあえずの問いを生成AIに投げかけた。生成AIを使う場合、生成AIの答えは「これまでの」知の集積からの返事であることに気を付けなければいけない。世間知からの答えということで、危ないと言えるが、とりあえずの反応がわかる。言葉の多義性と言葉の厳密性に矛盾はないか、恣意的解釈をどう防ぐか、(真理は読者それぞれにあるか)、解釈の根拠がはっきりしているか、内容の深みをどのように捉えるか、文脈とはなにか、これらがAIに投げかけた主なテーマ。
私:解釈は読者それぞれに任されるが、そのとき、読者は恣意的に解釈しないか。
AI:解釈の根拠がはっきりしていれば、防げる。
私:では、「根拠」は何によって根拠となっているのか。
AI:文脈である。
私:では、俳句において「文脈」は何を指すのか。
AI:「季語」「切れ字」「読者の背景」「作品の意図」「作品の発表された歴史的な時期」。
私:テクスト論では、言葉の多義性が作品の豊かさとなっているが、内容の深まりはどのように評価するのか。
AI:確かに内容の深まりは劣る。
私:言葉遊びを意図した俳句はどのように評価されるか。
AI:表現の豊かさとして評価が高まる。
私:言葉の厳密性と言葉の多義性は矛盾しないか。
AI:文脈がはっきりしていれば、根拠がはっきりするので、その矛盾は起こらない。
 ここでロラン・バルトが、作品は読者に読まれて完結すると言う意味のことを言ったことを思いだすが、私も、俳句の場合は読者の解釈があって、完結すると思うと結論を出している。が、ここに来て、ロラン・バルトの言う「読者に読まれて完結する」意味と、俳句が「読み手に読まれて完結する」ことに、今日は、なにか違うような気がしてきた。現代俳句では、省略される主語は一人称の作者となっている。ロラン・バルトの言う「作者の死」は一人称の死ではないのか。これは私の考えで、即座に否定されるか、議論の余地がまだありとされるだろう。しかし、言語遊戯の俳句は「作者の死」によってさらに表現は豊かさを得るだろうし、多層的に解釈されることにより、作者の意図を越えさらに価値が膨らむことがある。それを作者が歓迎することの方が多いというのがAIの答えだ。そうなれば、世間で評価をうけるのは言語遊戯にはじまる、存在の軽さを読む俳句が多層的な意味をもつことで評価されるようになる。発表された作品はひとり歩きを始めるというが、まさにこのことだろう。
俳句が多義的、多層的に読まれることを許されるのは「根拠」がある場合とされるが、「根拠」が明確でない批評もある。そいうことから、今主流の俳句批評としてのテクスト論に違和感を覚えないでもない。
俳句の読み取り方、解釈の仕方について、私は俳句の師である川本臥風先生から、「俳句を作った人の身になって俳句を読むように」と言われた。「俳句を作った人に寄り添って」ではない。「読み手の身に自分を置き換えて」なのだ。この教えを受けたのは俳句初学のころで、一九六〇年代半ばである。この読み方による批評の方法は、「作家論」的と言えよう。まだ構造主義、ポスト構造主義が日本で言われ出す前の事だ。実際、この方法で批評すると、俳句の作者は「自分のことがよくわかってくれた。詠んだ景色はその通りだ」ということで、批評に納得し、自己実現をしたかのように喜ぶ。詠み手として作者は尊重されているのだ。アマチュア俳人にこの傾向が強いと思われる。
俳句は多角的に評価される必要があるのに、一句が十七音という余りにも短いことによって、一句をあまりに単純な評価で終わらせているのではないかと思えた。もちろん、句集と言うケースを考えた場合はおおむね多角的になされる。テクスト論は読者にゆだねられる分、わかりやすい一面をもっているとも言えるが、ジャーナリズムのように変化流動するものによるテクスト論による高い評価には、不備がともなっていることを、よくよく知らなければならないだろうと思う。
俳句の批評についてAIに投げかけて気づいたのは、「俳句の短さが起こす批評の不備と批評の安易さ」と言うことだった。

9月17日(火)十五夜

晴れ
秋の蚊の仏の前に来て止まる    正子
十五夜に虫いろいろと鳴きだせり  正子
十五夜の樹々のそよぎが方々に   正子

●今夜は中秋の名月。朝は少し心配したが、昼は完全に晴れて、夕方は十五夜の月が昇った。いつもは夕方には閉める仏間のカーテンを開けたままにした。月光が差し込めば申し分ないが、そんなことは起きそうにない。

今朝は4000歩ほど歩いたので、あと少し歩こうと十五夜が昇ったころ、URの団地に散歩に出かけた。草の中から、こおろぎ、鉦叩、青松虫も混じっていろんな虫の声が聞こえる。大きい虫、小さい虫もいるのだろう。ちょうど団地の真ん中あたりにあるバス停にでたところで、3,4人がスマホを掲げて十五夜を撮っている。70代ぐらいの女性が来て、スマホで十五夜の写真を撮ったと、見ず知らずの私に写真を見せてくれた。「きれいに撮れてますね」というと、「毎年、このバス停から撮るんですよ。子供が小さい時は十五夜には薄やお団子を供えたものですよ。今は、何にもしません。」と言いながら自宅のほうへ向かった。URのコンフォール南日吉のバス停は月見スポットのようだ。十五夜のバスに乗る企画いいかも。コンフォール南日吉から日吉駅東口までの15分ほど。こんど10月15日の十三夜にひとりで実行しようか。帰りは地下鉄グリーンラインで一駅2分。

●信之先生がまだ元気だったころ、ネットで十五夜句会をした。日本各地から現在進行形で中秋の名月を読む企画。月が見えたところもあれば、雲に隠れたところも。ある年には雨月だったことも。みんな今より若くて、楽しかった。わが家の子どもたちは本当に子どもだった。

9月16日(月)敬老の日

暁に雨、のち曇り
黒葡萄洗えば白くひかる粒   正子
さらばえし朝顔一本抜き捨てる 正子

●敬老の日なのだが、病院が開いていて、朝8時半ごろ出かけ、循環器の検査いろいろ。薬を飲んでの上でのことだが、どこも悪くないそうだ。待ち時間に文庫本の『シッダールタ』を読んでいた。インドなのに無花果の木がでてきたけれど、あるのかなと思った。それで、ネットで調べると「インド菩提樹」がクワ科イチジク属とあった。インド菩提樹をイチジクの木と訳しているのかなと思った。普通のイチジクもインドで栽培されているとある。日本で菩提樹と言われるのは、西洋菩提樹でリンデンバウム。日本ではインド菩提樹は育たないらしい。

昨日は『デミアン』を読んだが、エヴァ夫人と言うのが気になる。母性的なものを表しているのだろう。『ファウスト』でも、女性的なものが問題となっている。このところ母性的なもの」について、あまり言われないのではと、ふと思った。「母性的なもの」は男性目線なのかもしれないが、かならずしもジェンダーの問題ではないような気がする。

ヨーロッパの小説など読むと、なぜと思うところに必ずユダヤ問題がある。よほど深く入り込んでいる。かの詩人もこの詩人も、何故自殺したのかと経歴など見ると、ユダヤ人なのだ。読んだあとにわからなさが残る。信之先生の本棚に「ユダヤ人」と帯に書かれている本が目に入った。ずっと前からあって、目には入っていたのだろうが、気に留めていなかった。取り出して中を見る。読んでみたいが、目がちらちらする。いままで読まないで来たことにここに来て、し訳ない気持ちがしたが、今やっと自分の時間ができたのだから、しょうがないよと言う気持ちもある。

9月15日(日)老人の日

晴れ
柿の葉の黒々として秋暑し 正子
新米の売られ始めの越前米 正子
●ディアマンクッキーを焼く。プレーンとアーモンド入りココア。夕方、友宏さんが来たので、食べてもらったら、美味しいというので安心。もらって帰ると言うので、少し残して渡す。新しいレンジのオーブンで焼くのはこれで三度目。真ん中が焼けすぎる癖があるので、途中でアルミホイルを掛けたり、工夫。今日が一番いい出来と言えそう。涼しくなったら、オーブンを買うことを考えよう。
●葡萄、ピオーネとニューべりーAを冷凍にする。氷菓の「アイスの実」のようになる。
●明日は敬老の日ながら、病院から定期診療の案内がメールで来る。この病院IT化に積極的と思う。

9月14日(土)

晴れ
この月の光をいますぐ贈りたい       正子
振り向けばコスモス畑月光に      正子
きらきらと名もなき蜻蛉吾に親し    正子

●今日から始まる里山ガーデンフェスタへひとりで行った。初日なのだ。里山花壇にバスで着いたのはちょうど12時。園内は確かに暑い。目の前に黄色をメインにした花壇が広がっている。遠目に映る黄色は黄花コスモスだろう。足元には真紅の鶏頭、ペンタスやネメシア、ジニア、秋らしくパンパスの類。ピンク、白、紅色のコスモスも球面を描く丘に戦いでいた。

暑いので丁寧に花を見る気にもならず、コスモスの花壇の奥がすぐに森に続いて風がすずしいので、桜の木陰を見つけて腰を下ろした。切り株型の椅子があるので腰かけ、バスに乗る前に駅前のベーカリーで買ったアンパン一個を、水筒の氷水と食べた。氷水は指先をちょっと洗うのにも便利がいい。

今日なぜ、アンパンかと言うと、おととい読んだ『近代日本文学のすすめ』(岩波文庫)に詩人の西脇順三郎の随筆だったかが載っていた。川崎市の影向寺(ようごうじ)の薬師如来の科学的調査に友人の美術家のお供で行った時の話である。影向寺は奈良時代からの古刹で、わが家のある日吉本町から信之先生と歩いて行ったことがあるが、いいお寺だ。信之先生と私が訪ねたときは、きれいに修理されたていたが、西脇たちが昭和十五年晩秋に訪ねたときには、ずいぶん傷んでいたようだ。美術家は薬師如来の寸法を測り、西脇は頭の渦巻きの数を数えたとのこと。調査が終わり二人は歩いて「日吉の先に出た。」と書いてある。私と信之先生が歩いた道だろう。その道を、ふたりで「あんぱんをかじりながら歩いた。」ともある。晩秋のお寺での調査と寒々とした田舎道を歩いて冷えたせいなのだろう、翌日二人とも熱を出したそうだ。薬師如来の調査をして熱が出るとは、というようなことだった。「かじりながら」が、晩秋の道を歩く小腹を空かせた男二人を立派に想像させるではないか。
 
話はそれたが、ここに出るあんぱんが,小腹がすいているときにとても美味しそうなのだ。吟行のおやつに迷うが、もう、アンパンにすることにした。あんぱんをちぎって食べていると、法師ゼミや飛蝗の鳴く声が聞こえる。この木陰から花壇が一望できる。花壇を見て回るのは帰る道々でいいと思い、持ってきた読みかけの『デミアン』を読むことにした。1時間半ほど読んで、大学生になったシンクレールが町で小柄な日本人と連れ立っているデミアンと再会する場面で、切りをつけた。目が疲れてそんなに長く読んでいれないのだ。近々眼科に行かなくてはならないだろう。

歩いているとフェスタのスタッフに会った。初めて見る珍しい植物の名前を聞くと、手にした花図鑑を開いて、「キャットウィスカー(ねこひげ」だと教えてくれた。白い猫のひげのようにピュンと突き出ている。これが花壇のアクセントになっている。花はいつ植えたのかと聞くと、農家に委託して育ててもらい、それを移植しているので、花壇で育ったのではないという。

一巡したので、彼岸花が咲いているかもしれないと、森を抜けて田んぼへ降りた。田んぼに出たところで、子供連れの家族が目高がいるいる、と覗いていた。今年は、ほてい葵が植えられて、うすむらさきの花を咲かせていた。春に来た時よく鳴いていたガビチョウは一声二声鳴くだけだった。それでも鳴いていたので、いるにはいるのだろう。彼岸花は咲いてもいないし、そこに根っこがあるような素振りもない。なにも植えていない田んぼを小さめな蜻蛉が飛んでいた。もともと羽が黄色がかっているのか、太陽のせいでそう見えるのかわからないが、そんな蜻蛉がいた。道沿いの木に葛の花が絡まって、青いどんぐりがかなり落ちている。つい踏んでいるのか、歩くとバリバリ音がする。きれいな緑色のを三個拾った。また、森の別の坂道を上り、入口広場に出たら、数分も待たないでシャトルバスが来た。シャトルバスは動物園まで木々のトンネルを抜けるが、サングラスをはずすと桂がうすく色づいていた。動物園前のバス停に着くとそこでも数分待っただけで中山駅行のバスが来た。今日は終始運がいい。帰宅は四時前。仏前に拾った団栗を供えた。

9月13日(金)

晴れのち曇り
秋暑し街に流れるアコーディオン 正子
極まりし暑さ頭上に女郎花    正子
独り居の自由に広し葡萄食ぶ   正子

●朝顔が一番たくさん咲いた。
●「俳壇10月号」俳壇ワイド作品集に吉田晃さんの「匂う夏」7句が掲載される。
●今日また図書館日からリルケとヘッセの文庫本4冊を借りて来た。目がくらみそうに暑いので、一日家で過ごす。今日は『マルテの手記』と『デミアン』を三分の一ぐらいずつ読む。

9月12日(木)

晴れ
庭先のその端っこに弁慶草     正子
石垣の上に花見え弁慶草      正子
家内の暗さに目が慣れマスカット  正子
 
●今朝も朝顔がたくさん咲いた。今日も日中は猛暑。

●午前、図書館へ本の返却に。延長1冊、新しく2冊借りた。夕方丸善で立ち読み。『近代日本文学のすすめ』(岩波文庫)をめくると、西脇順三郎が「影向寺(ようごうじ)」の事を書いた文章の紹介があった。影向寺へ信之先生と日吉本町の自宅から歩いて行ったことがあるが、この寺に西脇順三郎の詩碑があるというが、その時は気づかなかった。もう少し涼しくなったら出掛けよう。
センター南の駅前花壇は夏の疲れで元気がないが、ベンケイソウの花が目を引いた。地味な花だけに気にかかるのは、私の性分か。多肉植物のたくましさがあって、小さい粒のような花は色はピンクだが、かわいいとも思えない。昭和のなつかしさがあって気になるのだろうか。自分でもわからない。

9月11日(水)

晴れ
あかつきを朝顔青き花ひらく  正子
新甘藷湯気昇らせて蒸かしけり 正子

●明け方窓を開けで、目を疑った。きのうまでは朝顔が、一つか多くて三つ咲く程度だったのに、今朝は数え切れないほど青い朝顔が一斉に咲いた。西洋朝顔ではなく日本の朝顔な、なおさらのこと驚いた。
●沼隈の葡萄を妹が送ってくる。今では店頭では見られない昔からの葡萄ニューべりーAが入っていた。シャインマスカットやピオーネもおいしいが、葡萄らしいのはニューベリーA。ワインよりの味がする。仏前に供える。
Essay
(四)リルケと俳句について
●明日が図書館の本の返却日。読みかけの『リルケ』を開いた。俳諧がリルケに与えた影響についての文章で、ボードマースホーフについての述べたところに、愛媛大学の藤田正幸先生の名前があって、驚く。驚くこともないのだが、藤田先生は菖園が俳号でボードマースホーフの研究しておられたのを思い出した。引用されたことは、本人に知らされないので、思わぬところで引用されていることを知る。たぶん藤田先生も知らないだろう。信之先生の『比較俳句論序説』が『日本詩歌の伝統 七と五の詩学』(川村皓嗣著)に引用されているのを見つけたのは私なのだ。本人は知らないことが多い。

●愛媛新聞に掲載された今年の俳句甲子園の俳句を晃さんが送ってくれた。晃さんは青少年の俳句の将来を心配している。読ませてもらい、晃さんに電話をした。「何も言うことはありません。」と返事した。