10月24日(木)

快晴、午後曇り
墓地よりの眺めの中に薄紅葉    正子
薄もみじ鶏鳴墓地にまでとどき   正子
墓に汲む秋水蛇口よりあふれ    正子

●墓参。9時半に出かけ、帰宅は1時過ぎ。花筒を洗ったり、線香を点けたりしていると、雄鶏の鳴き声が聞こえた。墓地の下の方の家で飼っているのだろう。いつも聞こえてくる。快晴の良い天気だったが、少し暑い。信之先生のお墓の反対側の列に台湾椿の白い花が咲いている。思ってもみなかった花だが、椿とそっくりで、おなじような花の落ちかた。今日は、電車もバスも接続は良かったが往復3時間半かかった。いつもこのくらいになる。

●電車の移動中『神さまの話』(リルケ著・谷友幸訳)の「正義のうた」を読んだ。『神さまの話』はリルケの2か月に渡るロシアへの旅のあと、7日間で13話を一気に書いたという。これらの話は「神さま」と言うテーマで貫かれ、子ども向けの話を足の萎えた大人のエヴァルトにするスタイルをとっている。

六話目の「正義のうた」は充実している。25歳のころのリルケの死に対する考えが知れる。「死人とは、おそらく、生について沈黙思考するために、身を引いてしまったひとたちだと思います。」などが見られる。また、キエフについてもおもしろい。「聖都の名をもって聞こえ、四百を算する教会の円頂をうちに擁して、ロシアが第一の誇りを常に謳歌していた都でしたが、今はもう、ひとり物思いに沈むほかはなく、幾たびか火災に見舞われて、つぎつぎに烏有に帰してゆきました。」など書いてある。あくまでも話のなかでのことだが。キエフ(キーウ)が戦火に晒される前兆を感じる。

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