★朝はまだ木犀の香のつめたかり 正子
一瞬「木犀の香が冷たい」に戸惑いました。散策の道にをちこちに咲かせている木犀ですが、朝窓を開けた時、冷たい空気にのって木犀の優しい香りが漂って参ります。朝の冷たい空気と木犀の香、清々しい秋を感じます。(佃 康水)
○今日の俳句
浜風に確と結びし新松子/佃 康水
浜辺の松の枝にしっかりと青い松毬(まつかさ)がついた。古い松毬と違って充実している。それを「確と」が言い当てている。浜辺の青松毬のすがすがしさがよい。
○茶の花
茶の花は、この季節好きな花のひとつ。生家には、道から一段高くなったところに菜園があり、柿の木がありました。その西側にお茶の垣根があって、ちょうど柿が熟れるころ、お茶の花が咲き始めました。お茶の木には、まだお茶の実が残っていて、その独特な形は面白いものです。祖母の話では、戦前までは、家でお茶を作って飲んでいたようです。お茶を作らなくなっても垣根だけは残っていました。白い絹のようなお茶の花とその実には、子どものときから、いい感じで受け止めていましたから、生来好きな花なのでしょう。鉄瓶の蓋の持ち手にお茶の実を模したものがついていたのを覚えていて、いいデザインだと、小学生のときから感心したりしていましたので、多少は骨董眼があったのかもしれないと思うのです。お茶の花の白は、絹のような白で品がありますから、寒くなり始めたころにふさわしい白だと思っています。
◇生活する花たち「茶の花・溝蕎麦・千両」(横浜下田町・松の川緑道)

コッツワルズ
★教会の秋ばら色も白がちに 正子
イギリスの国教会は日本でいう聖公会の教会にあたるのでしょうか。リバブ-ル大聖堂のような大きな教会のほかにも、コッツワルズ地方など、カントリ-サイドの小さな町にも風土や暮らしにそった、その町の教会が多く点在するのでしょう。正子先生の紀行文と合わせ、この御句を読ませて頂くとき、花期が長いという花々に囲まれた芳しい教会の庭に咲く秋ばらのようすが、ひかえ目にけれども、ゆるぎない存在感をもってしっとりと伝わってくるようです。(小川和子)
○今日の俳句
うろこ雲球根あまた植えし目に/小川和子
「球根植う」は、歳時記では春の季語。ダリヤやグラジオラスなど夏咲く花の球根を指すが、最近は、秋植えのチューリップなどの球根になじみが深い。この句では、「うろこ雲」が主題。球根を植えた秋の日のうららかさが気持ちよい。
○野菊
野菊は、野に咲く菊を総じて大まかに言うらしい。最近、野菊の存在を忘れそうになった。野菊について書こうと思い出したのは、イングランドの高速道路わきに、たくさん薄紫の野菊が咲いていたからだ。四国に住んでいたころは、嫁菜が多かった。野紺菊と比べ花弁が欠けたような咲き方をした。野紺菊のほうが、美しい。園芸種の紺菊が栽培されて、ごくごく淡い薄紫の野菊は、最近はまれにしか見ていない。「野菊」と聞けば伊藤左千男の「野菊の墓」を思い出す方もおられようが、今も読まれているのかどうか。そして、次に思い出されるのが、文部省唱歌の「野菊」。すっかり忘れていたが、これもイングランド旅行で記憶が蘇った。
○松の川緑道
午後、横浜港北区下田町の松の川緑道を信之先生と歩いた。目的は「俳句日記」に載せる写真を撮るため。松の川緑道へは、日吉駅まで電車で行き、そこから緑道の端から端までのほとんどを歩いた。緑道の終わり近くから山越えをして自宅の日吉本町へ戻った。途中、慶大のグランド横を通り抜けた。サッカーのグランドではサッカーの練習を、野球のグランドでは野球の練習をしていた。すこしの間ネット越しに見ていたら、学生が「こんにちは。」と挨拶をしてくれた。こちらも挨拶を返した。息子の元も、娘の句美子も慶応に通ったので、このグランドにも親近感が湧く。写真には、野菊、水引、赤のままなどを主に撮った。
◇生活する花たち「椿・菊・野菊」(横浜下田町・松の川緑道)

★炊きあげし飯盒をすぐ露の土へ 正子
広々とした高原が浮かびます。ゆたかな草原で飯盒炊爨、炊きあがった飯盒をまず置くのは、露を宿した土の上。ジュッと消える音も聞こえるようです。風のない晴れた夕べ、露を帯びた原っぱで炊くご飯はどんなに美味しいことでしょう。 (川名ますみ)
○今日の俳句
水のいろ火のいろ街に秋燈/川名ますみ
街に灯る秋の燈を見ていますと、水のいろをした燈、火のいろをした燈があります。それが、大発見のように新鮮です。青い燈、赤い燈が入り混じる街の燈を見つめれば、どこかさびしさも湧いてきます。
○秋海棠
秋海棠がどこに咲いていたかと思い起こしてみると、一番身近では、わが家の玄関脇。秋がくると水引草と同じところに咲いた。茎にも花にも水分が多そうな感じで、葉が意外と大きく育つ。これを活けようとすると、大きな葉はのぞいて挿さなければどうも様にならないし、そんな葉は結構傷んでいる。かわいい花なので主が好むところとなっていた。次に思い出すのが、瀬戸内海の伊予灘を見下ろすお寺の小じんまりした庭にあった秋海棠。秋のきらきら光る海と秋海棠とはよく似合うではないか。そしてずっと昔を思い出すと、高校時代の生物教室の前。この茎をナイフで薄く切って、細胞を見るためにプレパラートに載せたように記憶するが、違う植物だったかもしれない。なにしろ、50年近く前のことだから。ベゴニアに似ているといつも思うが、ベゴニアに比べると、風情というものを備えている。
◇生活する花たち「野菊・溝蕎麦・チカラシバ」(横浜下田町・松の川緑道)
横浜日吉本町)
グレコ展
★秋光あおあおと浴び「水浴の女」 正子
エミリオ・グレコの「水浴の女」は横浜のベイシェラトンホテル前にも飾ってありますが、「グレコ展」とありますからどこか他のところでご覧になったのかもしれません。いずれにせよ、伸びやかな肢体のブロンズ像に秋の光が豊かに行きわたり、青々と輝いていたことが見てとれます。理屈を言えば像自体の色なのかもしれませんが、「秋光あおあおと浴び」の表現が秋の爽やかさを遺憾なく伝えてくれています。(小西 宏)
○今日の俳句
濃く厚き葉にどっさりと青どんぐり/小西 宏
樫か楢か、葉がよく茂り、枝にはそれに負けないほどのどんぐりがどっさり付いている。「厚き葉」が葉の質感をよく捉えているので、どんぐりの生り具合がありありと目に浮かぶ。青どんぐりはさっぱりとして、楽しいものである。
○竜胆
野生の竜胆を初めて出会ったのは阿蘇の外輪山の草原であった。二十代のころ九州旅行の途中、阿蘇の外輪山の宿に泊まることがあった。露がかわいたばかりの草原を歩くうちに足元に竜胆が咲いているのが目に入った。天近き草原である。まさかと目を疑ったが確かに竜胆である。その後も松山市から三十キロほどの久万高原町のふるさと村の崖で見た。ひょろりとした茎に紫紺の花が付いている。竜胆もいろいろ種類があるようだ。ある日、PTAの美術クラブで、買ってきた園芸種の竜胆を描こうとして、絵の先生に注意を受けたことがある。作り物はいけない、自然の花のいのちを描けよ、ということだったのだろう。確かに園芸種とは全く違う姿風情。この注意も、野生の竜胆に出会っていたので、本意が多少ともわかったと思う。可憐で色の深さは、誰をも魅了するのだろう。好きな花のひとつである。
◇生活する花たち「竜胆・ビオラ・烏瓜」(横浜日吉本町)

★霧に育ち大根くゆりと葉を反らす 正子
秋まきの大根が育っています。その上を霧が流れていきます。しだいに朝夕が冷えはじめ、やがて冬を迎えるころ収穫です。ゆっくりおだやかな時間が大根を包んでいるようです。(多田有花)
○今日の俳句
さわやかに心を決めていることも/多田有花
この句は、心にきめていることがあって、それはさわやかなものだ、というのみである。体内をさわやかに風が吹く感じだ。
○山茶花
山茶花が咲き始めると、もう、冬が近いんだぞと思う。冬物の服を早めに出したり、炬燵は、ストーブは、と冬支度が始まる。焚火の煙がうすうすと上って匂ってきたりすると、暖かいところが恋しくなる。椿と山茶花の違いはとよく効かれるが、山茶花は花弁が一枚一枚分かれて、咲き終わると散る。赤や白だけでなく、ほんのりピンクがかったものから、また八重のものまでいろんな花があるようだ。椿ほど改まってなくて、親しみやすい花だ。山茶花の垣根からいい匂いがこぼれると、そこを通るのがうれしい。
○第1回フェイスブック日曜句会入賞作品
http://blog.goo.ne.jp/kakan106/
◇生活する花たち「山茶花・菊・ピラカンサ」(横浜日吉本町)
★呼んでみるかなたの空の雲の秋 正子
秋の空は高く青が美しく、雲は次々に形を変えて流れてゆきます。リズミカルに雲の秋を詠まれています。思わず呼びかけてみたくなる純なお気持ちが伝わります。(後藤あゆみ)
○今日の俳句
花束にして子が持ちし赤のまま/後藤あゆみ
赤のままは、ままごとのご飯から由来する名であるが、子が作ったその花束は、かわいいだけでなく、良き時代へのノスタルジックな雰囲気をもっている。それが表現されて、一味違う句になった。
▼第1回フェイスブック日曜句会
○最優秀
★眠らんとすれば窓辺に降る月光/多田有花
眠ろうと明かりを消せば、窓辺に明るく月光が降り注いでいることに気がつく。この月光に包まれて眠れるのも幸せなことであろう。(高橋正子)
○入賞発表
http://blog.goo.ne.jp/kakan106/
○ご挨拶
秋も深まってまいりました。今日の第1回のフェイスブック日曜句会には、20名の方がご参加くださいました。句会の清記から入賞発表、互選句の集計まで、信之先生のご尽力で何の問題もなくスムーズに運びました。信之先生、お世話になりました。また、入賞発表のコメントのない句につきましては、多田有花さんと後藤あゆみさんにお世話役として、コメントをつけていただきました。お二人には、お忙しいところありがとうございました。まだフェイスブックに慣れておられない方も多くいらっしゃいましたが、そのことに特に問題はありませんでした。普段の投句は、これまで通りにツイッター句会にしてください。第1回フェイスブック日曜句会は成功でした。これからも、よろしくお願いいたします。これで、第1回フェイスブック日曜句会を終わります。(主宰 高橋正子)
○高橋正子投句
★りんどうに日矢が斜めに差し来たり
★山茶花のはやも高垣より匂う
★色ようやく見えてくれない菊蕾
○みずひき草
みずひきの朱が試験期の図書館に 正子
みずひき草は、俳句を作るようになって、自然に知った花だと思う。上のみずひきの句は、大学生のときの句だが、図書館にさりげなく活けてあった。大学構内のどこかにあるのを司書の方が摘んできたのかもしれない。砥部の家の庭にも植えたのか、自然に生えたのかわからない形で、初秋のころから赤い糸を引くように咲いた。みずひき草が咲くと、やはり活けたくなって、切り取って玄関に活けた。みずひき草は、「澄んだ空気」とよく似合う。だから、空気と似合うように活けて自己満足する。
みずひき草には赤だけでなく、白い「銀みずひき」というのもある。蕾のときは、白さがよくわからないが、先日は、買い物の途中で、あの細いみずひきが満開になっているのを見た。それだけで済ますにはもったいないので、家に帰りカメラを持って出掛けた。小さな泡の粒粒が空気に浮かんでいるように見えたが、これもきれいだ。
◇生活する花たち「水引の花・赤のまま・吾亦紅」(横浜下田町・松の川緑道)

★足先がふっと蹴りたる青どんぐり 正子
子供の頃に石や松ぼっくりなどを家まで蹴って帰った記憶が、どなたにもあることでしょう。青どんぐりは小さく可愛いから、足先がふっとそっと蹴るのは、そんな記憶が足に残っているのだと思いました。(津本けい)
○今日の俳句
水底の澄みて落葉のゆくところ/津本けい
水底が澄んで、落葉がしずかに重なっているのがよく見える。澄んだ水底は落葉のゆくところであると結末づけられる。それが一つの真実である。
○コスモス
満月光地上に高きコスモスに 正子
日本の秋はコスモスで彩られる。花季は意外に長く、朝夕寒くなる秋の終わりまで咲いている。可憐でやさしい印象の花ながら、風雨に強く、倒れた茎が力強く立ちあがってくるのには驚く。四国には翠波高原にコスモスが一面に咲く。わが家にも裏庭にコスモスが咲いて、満月の夜などは、月光を受けてそれは幻想的であった。活ければすぐに花粉が散っていやだけれど、わっと活けたくなる。新幹線で旅をして近江平野にかかると休耕田にコスモスがたくさん咲いていて、湖の国やさしさを知った日もあった。つい先ごろ訪ねたイギリスでもときどき見かけた。ハワースでは寄せ植えにしていた。色が澄んで日本のと比べると花が大きいのもイギリス風か。
近頃は黄花コスモスをよく見かける。菊に変わってだろうか、風情に欠けていると思いながらも、彩りよく植えられているのを見ると、いいかなとも思う。黄花コスモスも日本の秋に馴染んでゆくのだろう。
◇生活する花たち「コスモス」(横浜日吉本町)

ドイツ旅行1990
ベルリン
カスターニエの青き実曇天よりもげば/高橋正子
この句は、ドイツの句会に家族で招待されたときのもので、カスターニエと曇天というドイツの風土にふさわしい言葉を使って、季感溢れる風景を詠むことに成功した。この句には、季語はないが季感があって、その奥の風土と自然を捉えた。ものの本質を見たのである。日本の風土に捕らわれずに、ドイツの風土を確かな目で見た。ここがインターナショナルである。(高橋信之)
▼俳句による国際交流/高橋信之
http://kakan.info/nobuyuki/02/kokusai.htm
★大寺の水あるところ水澄んで 正子
○今日の俳句
真珠筏浸し秋の海澄めり/藤田洋子
「浸し」が秋海の澄んだ水をよく感じさせてくれる。秋海の澄んだ水に浸され殻を育てている真珠は、美しく輝く珠となることであろう。
○ほととぎす
ほととぎすは、土地があえば、実際よく育つ。我が家では、一株植えたものが庭木の下によく育っていい具合に土を隠してくれた。活ける花がないときには、庭にでて少し切って花瓶に挿すと様になる。血を吐くように鳴くといわれるほととぎすの胸あたりの模様によく似ているので、ほととぎすという名前がついているが、そのまだらな濃い紫のせいか、特徴的でありながら、洋風な部屋にも、和風な部屋にも合う。
◇生活する花たち「ほととぎす・茶の花・紫式部」(横浜日吉本町)
○フェイスブック日曜句会最優秀
[第1回句会]
★眠らんとすれば窓辺に降る月光/多田有花
眠ろうと明かりを消せば、窓辺に明るく月光が降り注いでいることに気がつく。この月光に包まれて眠れるのも幸せなことであろう。(高橋正子)
[第2回句会]
★秋天に伸びゆくものの数多あり/多田有花
秋の天に高く伸びてゆくものを読み手はいろいろ想像する。鉄塔であったり、高層ビルであったり、聳える木であったり。秋天にある飛行機雲も。秋麗の日差し、空気、まさに「秋」がよく表現されている。(高橋正子)
○高橋正子代表句
ベルリン
★カスターニエの青き実曇天よりもげば/高橋正子
この句は、ドイツの句会に家族で招待されたときのもので、カスターニエと曇天というドイツの風土にふさわしい言葉を使って、季感溢れる風景を詠むことに成功した。この句には、季語はないが季感があって、その奥の風土と自然を捉えた。ものの本質を見たのである。日本の風土に捕らわれずに、ドイツの風土を確かな目で見た。ここがインターナショナルである。(高橋信之)
ハワース
★「嵐ヶ丘」はここかと秋冷まといつつ/高橋正子
ブロンテ姉妹が住んでいたハワースを詠んだ句。作者は大学で英文学を学んだので、イギリスの地に思いは深い。 「嵐ヶ丘」の舞台となったハワースは、日本の北海道よりもずっと北にある。日本を出国し、ロンドンに着いた翌日の句は、「嵐ヶ丘」の「秋冷」を実感として捉えた。(高橋信之)
★水に触れ水に映りて蜻蛉飛ぶ/高橋正子
高橋正子第2句集「花冠」の代表句を挙げるすれば、この句を採ることに、躊躇うことはない。俳句の「まこと」を読み取ることができるので嬉しい。(高橋信之)
○俳句の風景
★おしゃべりの後に摘みけり赤のまま/祝 恵子
おしゃべりに夢中になったあと、ふっと足元を見ると赤のままが咲いている。思わず摘み取りたくなるなつかしさ。自分に帰るほんの小さな時間。(高橋正子)

★稲熟るる山へ空へと黄を揺らし/川名ますみ
甲府盆地の南方。増穂や玉穂といった地名もその所縁だろうか、稲作が盛んで、今は一帯が黄金色だ。車窓がまばゆい。

★秋麗のクイーンの切手のエアメール/後藤あゆみ
正子先生が9月23日にイギリスから送って下さった絵葉書が、今日届いた。飽かず眺めている。切手の上にスタンプはなく、下にオレンジ色の斜線がついているだけ。イギリスの切手には国名が記されていない。左の切手は女王の横顔で一目瞭然。右の切手は斜めにすると切手の右上に小さな女王の横顔が光って見えるようになっている。
バーミンガムにて
黄葉はじむ水道橋の高さにも 正子
