9月16日(火)

★青林檎ときに稲妻差しきたる  正子
酸味の残る青林檎の味、香り、ときおり遠くに細く走る稲光。まだ本当の稔りの秋にはなりきらない不安定な季節の、しかし瑞々しい情感に満ちた心象風景を思います。(小西 宏)

○今日の俳句
とんぼうの列なして行く空かろし/小西 宏
とんぼうが列を作って飛んでゆく楽しい空となった。すいすいと飛んでゆくとんぼうに空まで軽くなった感じだ。(高橋正子)

○毬栗(いがぐり)

[毬栗/横浜市緑区北八朔町]

★落栗やなにかと言へばすぐ谺/芝不器男
栗の木があるところは、山静かな里。落ちた栗も拾われずに転がっている。ちょっとした言葉も響いて谺となる。自分の発した声の谺は、もっとも自分の心がよく受け止めているのではないか。(高橋正子)

★毬栗に袋かぶせてありにけり/高橋将夫
★毬栗や身籠りし山羊つながるる/大串章
★毬栗や祖母に優しく叱られし/大串章
★毬栗を蹴つて日暮れの村となる/小澤克己
★毬栗の落ちてすとんと暗くなる/杉浦典子
★毬栗のやや枯れてゐる掌/田畑幸子
★毬栗を剥くに大事や鎌と足/田中英子

栗の季節になった。栗の季節は意外と早い。まだ残暑が残る中、店頭に栗が現れる。農村や山村では、家に栗の木をもっている家も多い。栗には虫がつきやすいので、昨年まで豊作で栗を送ってきてくれていたのに、今年は突然虫にやられて栗の木が枯れたと報告を受けることもある。送ってきた栗は毬が外してあるのだが、数個は毬栗のまま入っている。それをしばらく飾って楽しんだりするが、毬栗も生き物、次第に色艶が失われてくる。そうなると飾りとしてはおしまい。毬を外して食べることになる。毬栗のまだ青いのが、可愛い。まだ暑い中なのに、毬栗が青々と育っているのを見ると、もうすぐ涼しくなる、もうすぐ栗が食べれるとうれしくなる。愛媛の山村の内子町は蝋の生産で財をなした町で、いまでも古い町並みが残っている。ここは、栗の産地。栗の季節、車を運転してこの辺りを通ると、道にあふれるほど収穫した栗が山積みされている。いったいどの位の栗が収穫されているのか。我が家ではよく栗の渋皮煮を作った。好評であったが、これは土井勝著の「今日の料理」の教えの通りに作っていた。土井勝先生の料理の本にはに随分恩恵を受け、感謝もしている。

★毬栗の青々としてまん丸し/高橋正子

 クリ(日本栗・学名Castanea crenata)とはブナ科クリ属の木の一種。日本と朝鮮半島南部原産。中華人民共和国東部と台湾でも栽培されている。クリのうち、各栽培品種の原種で山野に自生するものは、シバグリ(柴栗)またはヤマグリ(山栗)と呼ばれる、栽培品種はシバグリに比べて果実が大粒である。また、シバグリもごく一部では栽培される。落葉性高木で、高さ17m、幹の直径は80cm、あるいはそれ以上になる。樹皮は灰色で厚く、縦に深い裂け目を生じる。葉は長楕円形か長楕円状披針形、やや薄くてぱりぱりしている。表はつやがあり、裏はやや色が薄い。周囲には鋭く突き出した小さな鋸歯が並ぶ。雌雄異花で、いずれも5月から6月に開花する。雄花は穂状で斜めに立ち上がり、全体にクリーム色を帯びた白で、個々の花は小さいものの目を引く。一般に雌花は3個の子房を含み、受精した子房のみが肥大して果実となり、不受精のものはしいなとなる。9月から10月頃に実が成熟すると自然にいがのある殻斗が裂開して中から堅い果実(堅果であり種子ではない)が1 – 3個ずつ現れる。
 果実は単にクリ(栗)、またはクリノミ(栗の実)と呼ばれ、普通は他のブナ科植物の果実であるドングリとは区別される(但し、ブナ科植物の果実の総称はドングリであり、広義にはドングリに含まれるとも言える)。また、毬状の殻斗に包まれていることからこの状態が毬果と呼ばれることもあるが、中にあるクリノミ自体が種子ではなく果実であるため誤りである。毬果とは、松かさのようなマツ綱植物の果実を指す。
 日本のクリは縄文時代人の主食であり、青森県の三内丸山遺跡から出土したクリから、縄文時代にはすでに本種が栽培されていたことがわかっている。年間平均気温10 – 14℃、最低気温氷点下20℃をくだらない地方であれば、どこでも栽培が可能で、国内においてはほぼ全都道府県でみられ、生産量は、茨城、熊本、愛媛、岐阜、埼玉の順に多い。

◇生活する花たち「葛の花①・葛の花②・木槿(むくげ)」(横浜日吉本町)

9月15日(月)

★秋海棠の紅の茎また紅の花   正子
見落としてしまいそうですが、秋海棠は茎の色も紅の色をしているのですね。あらためて観察することの大切さを教えていただきました。(祝恵子)

○今日の俳句
箱の荷の泥付き芋は地方紙に/祝恵子
届いた箱の荷を開けると、地方紙にくるまれた畑から掘り起こしたばかりの泥つきの芋が入っている。地方の便りも、合わせて届き、懐かしい思いだ。(高橋正子)

○玉珊瑚(たまさんご)

[玉珊瑚/東京白金台・国立自然教育園]

★玉珊瑚の実がつやつやと森の陽に/高橋信之

 玉珊瑚(たまさんご、英名:Jerusalem cherry)は、ナス科ナス属の常緑小低木で、学名は Solanum pseudo-capsicum。Solanum : ナス属、pseudo-capsicum : トウガラシに似た。Solanum(ソラナム)は、ラテン古名の「solamen(安静)」が語源。この属の植物に 鎮痛作用を持つものがあることから。
 玉珊瑚は、夏に白い小花を咲かせ、花後に成る小さな赤い球形の果実が ホオズキ(鬼灯) または、ミニトマト(Mini Tomato)” に似た果実を鑑賞する。高さは30~50センチほどになる。葉は披針形から長楕円形で、光沢があり互生する。夏に開花し結実することが多いので、別名の「冬珊瑚」は、違和感があるが、主に寒くなると色づきが良くなることや、冬でも成ることからネーミングされた。
 ブラジルが原産。わが国へは明治時代に渡来している。「リュウノタマ(竜の玉)」とも呼ばれる。

◇生活する花たち「犬蓼・吾亦紅・チカラシバ」(横浜下田町・松の川緑道)

■9月ネット句会入賞発表■

■9月ネット句会■
■入賞発表/2014年9月15日■

【金賞】
★高原の空へ手を伸べ林檎もぐ/柳原美知子
「高原の空」が「太初の空」を連想させる。冷やかな高原の青空へ手を差し伸べてもぐ林檎がやはり原初の林檎のようだ。素直な表現ながら、句意のレベルは高い。(高橋正子)

【銀賞/2句】
★十六夜の海に種牡蠣沈められ/佃 康水
満ちて後の十六夜の月の光が海底まで届き、種牡蠣を育てる。月の光と海水が命を育てる美しい句だ。(高橋正子)

★稲の秋遍路道にも香り立ち/河野啓一
遍路道は稲田を脇を通る道でもある。稲が熟れると、熟れ稲の香りが遍路道にも届いて、遍路を包む。遍路の祈願も叶いそうだ。(高橋正子)

【銅賞/3句】
★陽を受けてどんぐり朝の輝きを/古田敬二
地面に落ちたどんぐりは、陽が当たらなければにぶい茶色だが、朝日が昇り、陽が差すと、たちまち艶やかに輝く。命を得た輝きを見せる。(高橋正子)

★赤とんぼの群れに飛び込む河川敷/高橋秀之
河川敷で、赤とんぼの群れに飛び込んでしまった。その驚きとともに赤とんぼの仲間に入った不思議な嬉しさが湧く。(高橋正子)

★肩の冷え名月後に車椅子/迫田和代
名月を鑑賞して車椅子で帰ろうとすると、肩がすっかり冷えている。美しい月を見たあとのわびしさが先ほどまで見ていた月を印象づけている。(高橋正子)

【高橋信之特選/8句】
★新米研ぐ水さらさらと指伝う/藤田洋子
水加減が難しい新米の炊き方、まずは慎重に水で研ぐ。新米に対する作者の愛情が伝わってきます。 (古賀一弘)

★陽を受けてどんぐり朝の輝きを/古田敬二
澄んだ秋の朝の空気に、朝日を受ける眩しいばかりのどんぐりに、清々しい季節の喜びが伝わります。(藤田洋子)

★少年の無口に答う葛の花/高橋正子
豆の花に似た紅紫色の花が下から咲きのぼる葛の花は大きな葉に隠れがちであるが藤の花に似て美しい花と青年期の初期の男性との対比が素晴らしいですね。(小口泰與)

★新豆腐水に放てば水はじく/井上治代
一年中ある豆腐ながら、今年収穫された大豆から作る新豆腐は、やはり秋の季節ならではの味覚である。新鮮な大豆は油分を多く含み、出来た豆腐はぷりぷりとしていて弾力がある。直截な表現がリアルで良い。 (桑本栄太郎)

★高原の空へ手を伸べ林檎もぐ/柳原美知子
「空へ手を伸べ」が澄んだ秋の空気を爽やかに表現しています。そこに「林檎」の色と香りが際立って想像されます。「もぐ」という何でもない動詞が躍動します。(小西 宏)
高い所にあるリンゴに手を差し伸べる。その上は透き通った秋の空。熟したリンゴの赤とバックの秋の青空の対比が美しい。 (古田敬二)

★語らいの窓にさし込む満月光/小川和子
「語らい」の座が開放的であり、それも自然に開かれていて、「満月光」の差し込む「語らい」なのだ。隠し事がない世界はいい。自然にも、人間にも、そして神仏にも、である。(高橋信之)

★赤とんぼの群れに飛び込む河川敷/高橋秀之
この句も開放的で、自由な世界を詠んでいる。「赤とんぼの河川敷」が開放的で自由なのだが、そこへ「飛び込む」作者の開放的で、自由な世界が嬉しい。(高橋信之)

★十六夜の海に種牡蠣沈められ/佃 康水
「牡蠣」は冬の季語だが、この句の季節は季語「十六夜」の秋である。十六夜(いざよい)の海に「沈められ」とした下五の「沈められ」にいい抒情がある。(高橋信之)

【高橋正子特選/8句】
★稲の秋遍路道にも香り立ち/河野啓一
黄金色の稔田に沿って遍路道を歩けば、心地よい風と稲の香に包まれ疲れた心身を蘇らせてくれることでしょう。(柳原美知子)

★窓に響く祭太鼓のリズム聴く/高橋句美子
遠くに祭り太鼓が響いている。作者は家にいて、窓に届くリズムを楽しみ、聴いている。そんな、静かな祭りの楽しみ方もある。(小西 宏)

★秋風に速き流れの雲ひとつ/高橋秀之
空を眺めていると、ひとつだけ速く流れている雲に気づく。そこにだけ風が強く吹いているのだろうか。秋の空を見に行ってみたいものだ。(高橋正子)

★十六夜の海に種牡蠣沈められ/佃 康水
★ドングリの朝の輝き拾いけり/古田敬二
★肩の冷え名月後に車椅子/迫田和代
★バス降りてここより歩く秋高し/高橋信之
★高原の空へ手を伸べ林檎もぐ/柳原美知子

【入選/10句】
★神殿に波打つ音や大満月/佃 康水
神殿と海と大満月。壮大なイメージながら、音は「波打つ」それだけ。神聖な気持ちになります。(川名ますみ)
神殿にはリズムよく響く太鼓の音か何かが響いている。その神殿を照らす満月の光。秋の夜の明るさと幻想がそこにあります。 (高橋秀之)

★子に約束ふうせんかずらのハートの種/祝恵子
風船蔓から種は三つ採れますが、全体が黒くハート形の白い模様がとても可愛いですね。その種を「必ず採っておくからね」と約束されたお子様との対応にとても優しく温かいものが感じられ好きな句です。 (佃 康水)

★隙間なく里芋積まれ届きたり/川名ますみ
何を食べてもおいしく感じる食欲の秋になりました。隙間なく並べられた里芋は、「いもたき」にすると美味しいことでしょう。 (井上治代)

★稲穂そよぐ稔りの音を風に乗せ/柳原美知子
もうすぐ収穫が待たれる稲穂、なびく稔りの音が豊作の喜びになることでしょう。 (祝恵子)
たわわに稔った稲田が秋の秋風にそよいでいる。何とも豊かで爽やかな景が目に浮かぶようです。昔の田舎の秋の風情を想い出します。 (河野啓一)

★声出して論語読む人月今宵/古賀一弘
美しい満月の夜に、論語を読んでいる声が夜空に響いている様が心惹かれます。(内山富佐子)

★田一枚伸ばす散歩やきりぎりす/小口泰與
キリギリスの鳴くあぜ道を 涼しい秋風に吹かれて歩くと距離が思わずのびてしまった。その距離を田一枚とした表現が素晴らしいです。(内山富佐子)

★天然のうれしなつかし鮎の味/西村友宏
天然のアユは常に新鮮で豊かな水量を湛えた川底の石に付くコケを削り取る様にして食べて成長するのだそうですね。天然と聞くだけで新鮮に思えます。作者は故郷で天然のアユを食べた頃の事を色々と思い出し、懐かしみながら味わっていらっしゃる姿が見えて参ります。 (佃 康水)

★十五夜のまだ空蒼き嶺の奥/ 桑本栄太郎
十五夜の月が昇る。地の近くにはまだ空の青が暮れ残っている。山々の峰の影がクッキリと美しい。(小西 宏)

★どんぐりの緑ころがる風の朝/小西 宏
未だ青い小さなどんぐりが転がっているのを見かける季節になりました。「風の朝」の措辞により更に青どんぐりの新鮮さが協調され爽やかな風が吹いている秋の訪れを告げられる御句です。 (佃 康水)

★群青の空の真中に名月あり/内山富佐子
やや紫を帯びた深い青色の中天にかかった名月。澄み渡った群青の空と赤味をおびた大きな月の対比が鮮明となりました。「真中に名月あり」と言い切られた御句からスーパームーンを仰がれた感動が伝わって参ります。 (佃 康水)

■選者詠/高橋信之
★秋天のただ一枚のああ青よ
どこまでも澄んだ青空 ぬけるような雲一つない秋空 嬉しいですね。 (迫田和代)

★バス降りてここより歩く秋高し
バスを降りて、そこからはゆっくりと歩いてみる。晴れ渡る空の下に秋の景色が大きく広がっている。あるいは、その秋にじかに触れようと、わざと手前でバスを降りたのかもしれない。(小西 宏)

★秋天の隠すもの無しあっけらかん

■選者詠/高橋正子
★少年の無口に答う葛の花
豆の花に似た紅紫色の花が下から咲きのぼる葛の花は大きな葉に隠れがちであるが藤の花に似て美しい花と青年期の初期の男性との対比が素晴らしいですね。(小口泰與)

★見渡して花ひとつなき葛ケ原
★秋の野に遊びて夜の薬風呂

■互選高点句
●最高点(6点/同点2句)
★高原の空へ手を伸べ林檎もぐ/柳原美知子
★新豆腐水に放てば水はじく/井上治代

※集計は、互選句をすべて一点としています。選者特選句も加算されています。
(集計/藤田洋子)

※コメントのない句にコメントをお願いします。

◆9月ネット句会清記◆

■9月ネット句会■
■清記/20名60句

01.十五夜のまだ空蒼き嶺の奥
02.彼岸花大地の憤怒やも知れず
03.秋澄むや肺の奥まで丘の風
04.福耳でおはす観音照紅葉
05.声出して論語読む人月今宵
06.暫くと書きて筆措く紅葉宿
07.道々に城見える町子規忌来る
08.えのころを手に夕風の川に沿い
09.新米研ぐ水さらさらと指伝う
10.田一枚伸ばす散歩やきりぎりす

11.秋風や暗記せしこと早忘る
12.芝刈り機小石とばすや鉦叩
13.神殿に波打つ音や大満月
14.十六夜の海に種牡蠣沈められ
15.筏曳き漁船沖ゆく鰯雲
16.ドングリの朝の輝き拾いけり
17.陽を受けてどんぐり朝の輝きを
18.我が街も今朝から椎の実零れ初む
19.少年の無口に答う葛の花
20.見渡して花ひとつなき葛ケ原

21.秋の野に遊びて夜の薬風呂
22.本堂を抜ける風あり秋澄めり
23.ぶどう棚路地の店舗の京人形
24.子に約束ふうせんかずらのハートの種
25.群青の空の真中に名月あり
26.忙しや花粉だんごの秋の蜂
27.新さんまどの海見つめていたのやら
28.ちちろ鳴く狭庭の隅に木漏れ日が
29.稲の秋遍路道にも香り立ち
30.鄙の里鐘の音遠く秋澄める

31.大雨に洗われしドームと赤とんぼ
32.山近く明るく揺れる芒原
33.肩の冷え名月後に車椅子
34.笙の音の秋風にのり献花式
35.新豆腐水に放てば水はじく
36.羽音たて花から花へ秋の蝶
37.秋天のただ一枚のああ青よ
38.秋天の隠すもの無しあっけらかん
39.バス降りてここより歩く秋高し
40.赤とんぼの群れに飛び込む河川敷

41.秋まつり奉納花火の大きな輪
42.秋風に速き流れの雲ひとつ
43.隙間なく里芋積まれ届きたり
44.灯にひかる茄子それぞれの姿して
45.枝豆のポタージュスープ青さらり
46.語らいの窓にさし込む満月光
47.宿半天羽織りて友と花野ゆく
48.身にしむやコスモスかくも愛らしく
49.窓に響く祭太鼓のリズム聴く
50.秋の風ふわりと流れ高き雲

51.秋晴れて紅白トランプに拍手湧く
52.疲れた体にすかっと爽快ソーダ水
53.雨上がり西瓜が涼しく並んでる
54.天然のうれしなつかし鮎の味
55.どんぐりの緑ころがる風の朝
56.風清き小さな庭に秋のバラ
57.敬老の日の絵手紙の幼き字
58.満月光稲田の水を煌めかす
59.高原の空へ手を伸べ林檎もぐ
60.稲穂そよぐ稔りの音を風に乗せ

◆互選のご案内◆
①選句は、清記の中から5句を選び、その番号のみをお書きください。なお、その中の1句にコメントを付けてください。
②選句は、9月14日(日)午後6時から始め、同日(9月14日)午後9時までに済ませてください。
③選句の投稿は、下のコメント欄にご投稿ください。
※1) 入賞発表は、9月15日(月)正午
※2) 伝言・お礼等の投稿は、9月15日(月)正午~9月16日(火)午後6時です。

9月14日(日)

★葛の花匂わすほどの風が起き  正子
葛の花は秋の七草の一つで、何処までも蔓が伸びゆくほど繁殖力が旺盛です。葉が大きく茂り、葉裏には紅紫の可愛い花を咲かせており、微かでも風が起こると葉裏の花のほのかな香りが漂いほっとこころ癒されます。(佃 康水)

○今日の俳句
韮の花浸す野川の音澄むへ/佃 康水
韮の花は新涼の季節に先駆けて咲く。摘んだ韮の花は野川に浸すと涼やかな花となる。「清ら」は主情が強いが、「澄む」は写生であっても作者の深い内面が出る。(高橋正子)

○唐辛子

[唐辛子/横浜日吉本町]

★唐辛子男児(おのこご)の傷結ひて放つ 草田男
男の児は、手足に傷などよく負うものだ。 膝でも擦りむいたのだろうか、包帯をして、また遊びに行かせた。唐辛子が熟れるころは、「天高し」ころ。気候もよく、男児はことに日暮れ際までよく遊ぶ。ぴりっとした唐辛子の可愛さは、また男児の元気な可愛さに通じる。(高橋正子)

★青くても有べき物を唐辛子 芭蕉
★鬼灯を妻にもちてや唐がらし 也有
★うつくしや野分のあとのとうがらし 蕪村
★寒いぞよ軒の蜩唐がらし 一茶
★雨風にますます赤し唐辛子 子規
★赤き物少しは参れ蕃椒 漱石
★一莚唐辛子干す戸口かな 碧梧桐
★辛辣の質にて好む唐辛子 虚子
★誰も来ないとうがらし赤うなる 山頭火
★唐がらし熟れにぞ熟れし畠かな 蛇笏
★秋晴れやむらさきしたる唐辛子 夜半
★戸袋の筋にかけあり唐辛 石鼎
★庭園に不向きな赤い唐辛子 鷹女
★唐辛子干して道塞く飛鳥びと 秋櫻子
★秋の日の弱りし壁に唐辛子 みどり女
★炎ゆる間がいのち女と唐辛子 鷹女
★てのひらに時は過ぎゆく唐辛子 不死男
★唐辛子わすれてゐたるひとつかな 楸邨

熟れた唐辛子は可愛い。店で唐辛子の実を束ねて売っているので、それを買い、しばらく台所に飾って楽しんでそれから使う。信之先生は、うどんには、七味唐辛子でなく、この赤い唐辛子を細く輪切りにしたのを入れるのが習慣だ。きんぴらには、辛いというくらい入れたい。すでに輪切りにした唐辛子を売っているが、それではなく、丸のままのを買って、鋏で丹念に切る。
農家には、どこの家の畑の隅に唐辛子を植えていた。熟れると茎ごと抜いて束ね。家の軒下など日陰に吊るして乾燥させた。沢山採れる家は、筵に広げて乾燥させたのだろうが、これは、見たことがない。父も、うどんにはこの唐辛子をたっぷりと入れて食べていた。七味ではない。
唐辛子のなかでも辛くない唐辛子がある。ピーマンも、ししとうも唐辛子の仲間である。父がまだ中年のころ、辛くない唐辛子といって、近所でははじめてピーマンを植えた。子どもにも食べれた。刻んで、油炒めで醤油の味付けだったと思う。唐辛子が食べれたと子どもながら自慢であった。そのせいか、いまでもシシトウや甘唐辛子が沢山手に入ると、油炒めで醤油、鰹節で佃煮のようにして食べる。これが、我が家では、娘にも人気でご飯がすすむ。

唐辛子のことで思い出したが、長野の小諸で花冠(水煙)大会をしたとき、伊那の河野斎さんが来られ、善光寺の名物の七味唐辛子をいただいた。そのとき、善光寺名物が七味唐辛子であることを知ったが、いい香りの七味唐辛子であった。河野さんは、伊那で歯科医院を営んでおられたが、偶然にも、三男のお嫁さんが、私の郷里の福山のご出身と聞いた。縁は異なもの不思議なもの、です。河野さんは急逝されたが、ご家族に林檎の木を残されて、その年の林檎の収穫のおすそわけをいただいた。お孫さんたちが俳句を作って花冠(水煙)に投句されていたので、お孫さんと、そのお母さんのお気持ちだと知った。唐辛子からひょんなところに話がずれたが、思い出したので、書き留めておいた。

★唐辛子真っ赤に熟れしをキッチンに/高橋正子
★唐辛子もう日暮だと子を呼びに/〃

 唐辛子(とうがらし、唐芥子、蕃椒)は、中南米を原産とする、ナス科トウガラシ属 (Capsicum) の果実から得られる辛味のある香辛料。栽培種だけでなく、野生種から作られることもある。トウガラシ属の代表的な種であるトウガラシにはさまざまな品種があり、ピーマン、シシトウガラシ(シシトウ)、パプリカなど辛味がないかほとんどない甘味種(甘唐辛子・あまとうがらし)も含まれる。トウガラシ属は中南米が原産地であり、メキシコでの歴史は紀元前6000年に遡るほど非常に古い。しかし、世界各国へ広がるのは15世紀になってからである。
 唐辛子が日本へ伝わったのは、16世紀後半のことで、南蛮船が運んで来たと言う説から南蛮胡椒、略して南蛮または胡椒とも言う。コロンブスは、唐辛子を胡椒と勘違いしたままだったので、これが後々まで、世界中で唐辛子(red pepper)と胡椒(pepper)の名称を混乱させる要因となった。現在世界中の国で多く使われているが、アメリカ大陸以外においては歴史的に新しい物である。クリストファー・コロンブスが1493年にスペインへ最初の唐辛子を持ち帰ったが忘れられ、ブラジルで再発見をしたポルトガル人によって伝播され、各地の食文化に大きな影響を与えた。ヨーロッパでは、純輸入品の胡椒に代わる自給可能な香辛料として南欧を中心に広まった。16世紀にはインドにも伝来し、様々な料理に香辛料として用いられるようになった。バルカン半島周辺やハンガリーには、オスマン帝国を経由して16世紀に伝播した。
 日本で栽培されているのは主にトウガラシだが、沖縄や伊豆諸島ではキダチトウガラシの品種の島唐辛子が栽培されている。トウガラシ属が自生している南米では、ウルピカなどの野生種も香辛料として使われる。「唐辛子」の漢字は、「唐から伝わった辛子」の意味であるが、歴史的に、この「唐」は漠然と「外国」を指す語とされる。英語では「チリ(chili)」または「チリ・ペッパー (chili pepper)」と言う。胡椒とは関係が無いにも関わらず「ペッパー」と呼ばれている理由は、ヨーロッパに唐辛子を伝来させたクリストファー・コロンブスがインドと勘違いしてアメリカ大陸に到達した際、唐辛子をインドで栽培されている胡椒の一種と見なしたためである。それ以来、トウガラシ属の実は全て「ペッパー」と呼ばれるようになった。沖縄県では島唐辛子や、それを用いた調味料をコーレーグス(コーレーグース)と呼ぶが、これは高麗胡椒の沖縄方言読みとも、「高麗薬(コーレーグスイ)」が訛ったものだともされる。唐辛子の総称として鷹の爪を使う者もいるが、「鷹の爪」はトウガラシ種の1品種である。

◇生活する花たち「女郎花・葛の花・萩」(四季の森公園)

9月13日(土)

  尾瀬
★山小屋の湯にいて秋の笹の音  正子
山小屋の湯に浸り、旅の疲れを癒す、心身ともに安らぐひととき。その快さの中で聞く笹の葉擦れの音に、いっそう澄んだ秋の夜が感じられ、尾瀬の秋に身を置く作者の喜びが伝わってまいります。(藤田洋子)

○今日の俳句
窓越しの鳴き澄む虫と夜を分つ/藤田洋子
「夜を分かつ」によって、窓の外の虫音と内とが繋がって、しっとりと落ち着いた虫の夜となっている。「鳴き澄む」虫の声が透徹している。(高橋正子)

○数珠玉

[数珠玉/横浜・四季の森公園]

★数珠玉や歩いて行けば日暮あり/森澄雄
★数珠玉や家のまはりに水消えて/岸田稚魚
★じゅず玉は今も星色農馬絶ゆ/北原志満子
★数珠玉や流れの速き濁り川/天野美登里
★数珠玉の数珠の数個をポケットに/山内四郎

数珠玉を見るようになったのは、愛媛に住むようになってからである。この、どこにでもある数珠玉を高校時代までは見たことがなかった。知らないかったと言えばそれまでだが、数珠玉があれば、子どもたちはそれを集めて糸を通して遊ぶはずだが、そんな遊びはしたことがなかった。秋の初め野川と呼ばれるような川縁にある。初めは緑で指で潰せば潰れそうな未熟な実も、熟れると、つやつやと固くなって黒っぽい灰色の独特の色になる。大人でも、数珠玉があれば、用もないのに採りたくなる。

★数珠玉よ川にも空が映るなり/高橋正子
★数珠玉を採ってしばらく手のうちに/〃

 ジュズダマ(数珠玉、Coix lacryma-jobi)は、水辺に生育する大型のイネ科植物である。インドなどの熱帯アジア原産で、日本へは古い時代に入ったものと思われる。一年草で、背丈は1m程になる。根元で枝分かれした多数の茎が束になり、茎の先の方まで葉をつける。葉は幅が広い線形で、トウモロコシなどに似ている。花は茎の先の方の葉の付け根にそれぞれ多数つく。葉鞘から顔を出した花茎の先端に丸い雌花がつき、その先から雄花の束がのびる。雌花は熟すると、表面が非常に固くなり、黒くなって表面につやがある。熟した実は、根元から外れてそのまま落ちる。なお、ハトムギ(C. lacryma-jobi var. ma-yuen)は本種の栽培種である。全体がやや大柄であること、花序が垂れ下がること、実がそれほど固くならないことが相違点である。
 脱落した実は、乾燥させれば長くその色と形を保つので、数珠を作るのに使われたことがある。中心に花軸が通る穴が空いているので、糸を通すのも簡単である。実際に仏事に用いる数珠として使われることはまずないが、子供のおもちゃのように扱われることは多い。古来より「じゅずだま」のほか「つしだま」とも呼ばれ、花環同様にネックレスや腕輪など簡易の装飾品として庶民の女の子の遊びの一環で作られてきた。秋から冬にかけて、水辺での自然観察や、子供の野外活動では、特に女の子に喜ばれる。
 イネ科植物の花は、花序が短縮して重なり合った鱗片の間に花が収まる小穂という形になる。その構造はイネ科に含まれる属によって様々であり、同じような鱗片の列に同型の花が入るような単純なものから、花数が減少したり、花が退化して鱗片だけが残ったり、まれに雄花と雌花が分化したりと多様なものがあるが、ジュズダマの花序は、中でも特に変わったもののひとつである。まず、穂の先端に雄花、基部に雌花があるが、このように雄花と雌花に分化するのは、イネ科では例が少ない。細かいところを見ると、さらに興味深い特徴がある。実は、先に“実”と標記したものは、正しくは果実ではない。黒くてつやのある楕円形のものの表面は、実は苞葉の鞘が変化したものである。つまり、花序の基部についた雌花(雌小穂)をその基部にある苞葉の鞘が包むようになり、さらにそれが硬化したものである。この苞葉鞘の先端には穴が開いており、雌花から伸び出したひも状の柱頭がそこから顔を出す。雌花は受粉して果実になると、苞葉鞘の内で成熟し、苞葉鞘ごと脱落する。一般にイネ科の果実は鱗片に包まれて脱落するが、ジュズダマの場合、鱗片に包まれた果実が、さらに苞葉鞘に包まれて脱落するわけである。実際にはこの苞葉鞘の中には1個の雌小穂のほかに、2つの棒状のものが含まれ、苞葉鞘の口からはそれら2つが頭を覗かせている。これらは退化して花をつけなくなった小穂である。したがって、包葉鞘の中には、花をつける小穂(登実小穂)1つと、その両側にある不実の小穂2つが包まれていることになる。これら雌小穂と不実の小穂の間から伸びた花軸の先には、偏平な小判型の雄小穂が数個つく。1つの雄小穂にはそれぞれに2つの花を含む。開花時には鱗片のすき間が開いて、黄色い葯が垂れ下がる。

◇生活する花たち「露草・なんばんぎせる・玉珊瑚(たまさんご)」(東京白金台・自然教育園)

9月12日(金)

  尾瀬
★山小屋の湯にいて秋の笹の音  正子
山小屋でお湯につかっておられると、戸外で笹が擦れ合う音が聞こえてきました。山小屋の秋の夜の静かさ、清澄な空気が伝わってきます。 (多田有花)

○今日の俳句
傷に刃を当て傷物の梨をむく/多田有花
傷物の梨を剥こうとすれば、まず傷をとってからが普通の行為だが、「傷に刃を当て」と言われると神経がピリッとする。リアルな句だ。(高橋正子)

○瓢箪

[瓢箪/東京・向島百花園]          [瓢箪/横浜市緑区北八朔町]

★ありやうにすはりて青き瓢かな 涼菟
★花や葉に恥しいほど長瓢 千代女
★人の世に尻を居へたるふくべ哉 蕪村
★ひとりはえてひとつなりたる瓢かな 几董
★老たりな瓢と我影法師 一茶
★取付て松にも一つふくべかな 子規
★風ふけば糸瓜をなぐるふくべ哉 漱石
★吐せども酒まだ濁る瓢かな 碧梧桐
★露の蟻瓢の肩をのぼりけり 青畝
★あをあをとかたちきびしき瓢かな 蛇笏
★台風に傾くままや瓢垣 久女

私には弟がいて、男の子が喜ぶようなものとして、父が瓢箪と糸瓜を植えたことがあった。小型の瓢箪が沢山出来た。瓢箪の実から種を出さなければいけない。この種は水に瓢箪を付けて腐らせて出すのだと聞いたことがある。父がどのようにして種を抜いたか知らないが、いつの間にか、軽くなった瓢箪が家に転がっていた。おもちゃにした記憶はないが、なにかしら好ましい形で、我が家の瓢箪という感じだった。瓢箪は中にお酒を入れると艶よくなるそうである。瓢箪の好きなどこそこのご隠居さんは、お酒を含ませた布で毎日熱心に磨いているそうだと祖母が話していたこともある。最近は瓢箪集めという趣味も無くなってなっているのかもしれない、と思うと同時に、子供のころとは世の中が随分変わって来たのだと思う。昨年向島百花園に行ったときは、棚にうすみどり色のいい形の瓢箪が生っていた。

★瓢箪のさみどり色や向島/高橋正子

ヒョウタン(瓢箪、瓢簞、学名:Lagenaria siceraria var. gourda)は、ウリ科の植物。葫蘆(ころ)とも呼ぶ。なお、植物のヒョウタンの実を加工して作られる容器も「ひょうたん」と呼ばれる。最古の栽培植物のひとつで、原産地のアフリカから食用や加工材料として全世界に広まったと考えられている。乾燥した種子は耐久性が強く、海水にさらされた場合なども高い発芽率を示す。日本では、『日本書紀』(仁徳天皇11年=323年)の記述の中で瓢(ひさご)としてはじめて公式文書に登場する。茨田堤を築く際、水神へ人身御供として捧げられそうになった男が、ヒョウタンを使った頓智で難を逃れたという。狭義には上下が丸く真ん中がくびれた形の品種を呼ぶが、球状から楕円形、棒状や下端の膨らんだ形など品種によってさまざまな実の形がある。かつては、実を乾かして水筒や酒の貯蔵に利用されていた(微細な穴があるために水蒸気が漏れ出し、気化熱が奪われるため中身が気温より低く保たれる)。利便性の高さからか、縁起物とされ羽柴秀吉の千成瓢箪に代表されるように多くの武将の旗印や馬印などの意匠として用いられた。瓢箪は、三つで三拍(三瓢)子揃って縁起が良い、六つで無病(六瓢)息災などといわれ、掛け軸や器、染め物などにも多く見られる。ちなみに大阪府の府章は、千成瓢箪をイメージしている。
ヒョウタンは水筒、酒器、調味料入れなどの容器に加工されることが多い。乾燥したヒョウタンは、表面に柿渋やベンガラ、ニスを塗って仕上げる。水筒や食器など、飲食関係の容器に用いる場合は、酒や番茶を内部に満たして臭みを抜く。軽くて丈夫なヒョウタンは、世界各国でさまざまな用途に用いられてきた。朝鮮半島ではヒョウタンをふたつ割りにして作った柄杓(ひしゃく)や食器を「パガチ」と呼び、庶民の間で広く用いられてきた。また、アメリカインディアンはタバコのパイプに、南米のアルゼンチン、ウルグアイ、ブラジルではマテ茶の茶器、またインドネシア・イリアンジャヤやパプアニューギニアなどでは先住民によってペニスケースとして使われている。ヒョウタンには大小さまざまな品種があり、長さが5センチくらいの極小千成から、2メートルを越える大長、また胴回りが1メートルを超えるジャンボひょうたんなどがある。ヒョウタンと同種のユウガオは、苦みがなく実が食用になり、干瓢の原料となる。農産物としても重要であり、近年は中国からの加工品輸入も増加している。主として生または乾物を煮て食べる。また、強壮な草勢からスイカやカボチャの台木としても利用される。

◇生活する花たち「葛の花①・葛の花②・木槿(むくげ)」(横浜日吉本町)

9月11日(木)

★さわやかに行きし燕の戻り来る  正子
もうそろそろ帰燕の時季のようですね?澄み切った空気をすいすい自由に飛翔し、行きつ戻りつの風景はその場所を惜しむかのようです。あるいは子育てのその場所を反復飛翔する事により、地形と場所を記憶しているのでしょうか?来年も元気に戻って来て欲しいものです。(桑本栄太郎 )

○今日の俳句
石段を下りて清流芋水車/桑本栄太郎
石段をおりれば清流がある風景が爽やかでよい。芋水車は、芋を洗うために小川に仕掛けられた小さい水車。昔ながらの清流が想像できる。(高橋正子)

○黄花コスモス

[黄花コスモス/横浜日吉本町]

★街角を曲がれば黄花コスモスに/山元重男
★茎細きキバナコスモス気は強し/稲森如風
★揺れ動く黄花コスモス風に色 芳吟

黄花コスモスを、初めは河原で見かけていた。当時住んでいた愛媛の松山平野を流れる重信川の河川敷。重信川は一級河川で河原もそこそこ広い。最近では、ちょっとした空き地や畑の隅でも見かける。好きかと問われれば、だれもそんな質問をした人はいないが、好きではないと答えるだろう。一般的なコスモスに似ているが、違うところがあまり好きではない理由かもしれない。花の形は可愛いのに、オレンジや黄色の花の色が強すぎて透明感に欠ける。葉が丈夫そうな切れ込み方で、緑色が暑苦しい。しかし、これは、近くから見ての話。河原が殺風景であれば、キバナコスモスも絵になる。広い空が見えて、風が渡り、雲が流れるところに置いて楽しみたい花だ。明るい野原が似合う花だ。

★銀輪を止めありキバナコスモスに/高橋正子

やキバナコスモス(黄花コスモス、学名:Cosmos sulphureus)は、キク科コスモス属の多年草または一年草。コスモスの名を冠するが、オオハルシャギクとは同属別種にあたり互いを交配する事は出来ない。現在では日本で広く園芸品種のひとつとして栽培されているが、一部は逸出して野生化している。原産地はメキシコで、標高1600m以下の地域に自生する。18世紀末にスペイン・マドリードの植物園に送られ、ヨーロッパに渡来した。日本には大正時代の初めに輸入された記録が残っている。高さは約30〜100cm。概ね60cm程度に成長するが、鉢植えやプランター向けの20cm程度に留まる矮性種も出回っている。オオハルシャギクと比べて葉が幅広く、切れ込みが深い。また夏場の暑さに強いため、オオハルシャギクよりも早い時期に花を咲かせる傾向にある。またオオハルシャギクよりも繁殖力が旺盛である為、こぼれ種で栽培していると数年後にはオオハルシャギクを席巻してしまう。花期は比較的長く、6月から11月にかけて直径3〜5cm程度の黄色、またはオレンジの花を咲かせる。改良種として濃い赤色の品種も作られている。花は一重咲きと八重咲きがあるが、園芸品種として市場に出回っているもののほとんどは八重咲き。病害虫による大きな被害を受けることは少なく、初夏から夏にかけて新芽の付近にアブラムシがつく程度である。痩せた土壌でも適度の水を与えていれば問題無く成長するため、頑強で育て易い植物といえる。ただし日陰での栽培には向かず、充分な日照が無い環境では葉などの形が崩れる場合があるため注意が必要。成長に伴って良く分岐する特性があり、咲き終えた花がらの摘み取りや、夏場に一旦切り戻しを行うなどの手入れを施すと長い期間花を楽しむ事が出来る。前述の通りオオハルシャギクとは交配出来ないが、チョコレートコスモスとは交配可能。このキバナコスモスとチョコレートコスモスの交配種は「ストロベリーチョコレート」と呼ばれる。

○オオハルシャギク Cosmos bipinnatus Cav. 一般的なコスモスといえばこれを指す。高さ1 – 2m、茎は太く、葉は細かく切れ込む。
○キバナコスモス Cosmos sulphureus Cav. 大正時代に渡来。オオハルシャギクに比べて暑さに強い。花は黄色・オレンジが中心。
○チョコレートコスモス Cosmos atrosanguineus (Hook.) Voss 大正時代に渡来。黒紫色の花を付け、チョコレートの香りがする。多年草で、耐寒性がある。

◇生活する花たち「桔梗・風船かずら・芹の花」(横浜都筑区ふじやとの道)

9月9日(火)

★虫籠に風入らせて子ら駈ける  正子
この虫籠は竹で作られたものだと思います。この句から子ども達が虫を捕まえた時の喜びや、会話の様子が分かり、清々しい感じのするいい句だと思いました。(井上治代)

○今日の俳句
早朝の山懐の霧深し/井上治代
大洲盆地らしい私の好きな風景だ。早朝でなくても、松山から峠を越えるあたりから、道は流れるような霧に包まれることもあった。(高橋正子)

○未草(ひつじぐさ)

[未草/国立公園尾瀬]             [未草/ネットより]

★漣の吸ひ込まれゆく未草/西村和子

 高校生のころだったろうか、睡蓮のことを、または未草というと思うようになっていた。そして、いつのころか、未草と睡蓮は違うものだと知った。未草は白い花で、睡蓮より花が小さく花の咲く時間も未の刻を中心に咲く。名前だけ知って実際に花を見たことはなかったが、一昨年8月27日と28日に尾瀬に行ったとき、池塘に未草が咲いていた。これは感激であったが、尾瀬に入ってビジターセンターや国民宿舎のある山の鼻から木道を歩いて行くと、ちょうど2時ごろであったので、未草の花を見ることができた。実際は午前11時ごろから午後4時ごろまで咲くそうだが、未の刻に合わせて咲いているようにしか思えなかった。

★湿原の日はやわらかし未草/高橋正子

 未草(ヒツジグサ)は、スイレン科スイレン属の水生多年草で、学名は Nymphaea tetragona(Nymphae:スイレン属、tetragona:四角の)。Nymphaea は、水の女神であるところの「Nympha(ニンファー)」と命名された、古い植物名に由来するもの。夏、地下茎から茎を伸ばし、池や沼で水面スレスレに白い清楚な花を咲かせる。花の大きさは3~4cm、萼片が4枚、花弁が10枚ほど。花期は6月~11月。昔の時刻の数え方のひとつである、「未(ひつじ)の刻(14:00)」の頃に花が開くことからこの名前になった。実際には午前11時頃から咲き始め、夕方4時頃しぼんでいく。一つの花は3日、3回咲いたあと、水中に沈んで実をつける。未草はスイレンの原種の一つであり、日本唯一の在来種(尾瀬の未草が有名)で、日本全国の池や沼に広く分布している。寒さに強く、山地の沼や亜高山帯の高層湿原にも生えている。日本以外ではシベリア、欧州、中国及び朝鮮半島、インド北部、北アメリカに分布している。

◇生活する花たち「あさざ・露草・うばゆり」(東京白金台・自然教育園)

◆9月ネット句会のご案内◆

◆9月ネット句会のご案内◆
①花冠会員・同人であれば、どなたでも投句が許されます。花冠会員・同人以外の方は花冠IDをお申し込みの上、取得してください。
②当季雑詠(秋の句)計3句を下の<コメント欄>にお書き込みください。
③投句期間:2014年9月8日(月)午前5時~9月14日(日)午後6時
④選句期間:9月14日(日)午後6時~9月14日(日)午後9時
⑤入賞発表:9月15日(月)正午
※投句を受け付けています。