★炊きあげし飯盒をすぐ露の土へ 正子
高原の飯盒炊爨でしょうか。炊き上がった飯盒を火から下して土の上に置き蒸らす。地にはまだ朝露が乾かずにいる。明るい光と爽やかな空気と薪の煙の臭いを思い浮かべます。(小西 宏)
○今日の俳句
月昇る遥かに海を広げつつ/小西 宏
「海を広げつつ」に、新鮮な驚きがあり、臨場感がでた。月が昇るにしたがって、遥かの海を照らしていく。海の波がはっきり見てくる。少し寂しい月の夜である。(高橋正子)
○実蔓(さねかずら)

[実蔓/東京白金台・国立自然教育園]
★葉隠れに赤き鹿の子の実蔓/かるがも
★葉隠れに息飲む色の実蔓/かるがも
サネカズラ(実葛、学名: Kadsura japonica)はマツブサ科サネカズラ属の常緑つる性木本。ビナンカズラ(美男葛)ともいうが、これは昔、つるから粘液をとって整髪料に使ったためである。葉は長さ数cmでつやがあり、互生する。ふつう雌雄異株で、8月頃開く花は径1cmほど、10枚前後の白い花被に包まれ、中央におしべ、めしべがそれぞれ多数らせん状に集まる。雌花の花床は結実とともにふくらみ、キイチゴを大きくしたような真っ赤な丸い集合果をつくる。花は葉の陰に咲くが、果実の柄は伸びて7cmになることもあり、より目につくようになる。単果は径1cmほどで、全体では5cmほどになる。果実は個々に落ちて、あとにはやはり真っ赤なふくらんだ花床が残り、冬までよく目立つ。
関東地方以西、西日本から中国南部までの照葉樹林によく見られる。庭園に植えることもある。盆栽として栽培もされる。果実を漢方薬の五味子(チョウセンゴミシ)の代わりに使うこともある。古歌にもしばしば「さねかづら」「さなかづら」として詠まれ、「さ寝」の掛詞として使われる。
名にし負はば 逢坂山のさねかづら 人に知られで くるよしもがな(藤原定方、百人一首25/後撰和歌集)
◇生活する花たち「秋の野芥子・銀木犀・金木犀」(横浜日吉本町)

グレコ展
★秋光あおあおと浴び「水浴の女」 正子
秋の日射しが燦々とそそぐ野外の木洩れ日の中の光景でしょうか?エル・グレコの洋画に特有である、日射しの色を青を基調とした濃淡による表現の格調の高さが想われます。(桑本栄太郎)
○今日の俳句
鈴懸けの実の青空へ野分過ぐ/桑本栄太郎
鈴懸と野分のとりあわせに意外性があるが、それは今年の季節の意外性といってよい。今年は十月になっても大型台風が来た。野分が過ぎた後、鈴懸の葉が落とされ、実が明らかになる。青空の中の鈴懸のかわいらしい実が印象的だ。(高橋正子)
○柘榴(ざくろ)
[柘榴/横浜日吉本町][柘榴の花/横浜日吉本町]
★石榴赤しふるさとびとの心はも 虚子
★柘榴の実一つ一つに枝垂れて 石鼎
★なまなまと枝もがれたる柘榴かな 蛇笏
★かたくなに開かぬ小さき柘榴かな 淡路女
★光こめて深くも裂けし柘榴かな 水巴
★熟れざくろ濃き朝霧を噛んでゐし 鷹女
★花散りて甕太りゆく柘榴かな 久女
★熟れそめて細枝のしなふ柘榴かな 麦南
★一粒一粒柘榴の赤い実をたべる 亞浪
★身辺に割けざる石榴置きて愛づ 誓子
★ぼんやりと出で行く石榴割れしした 三鬼
★号令の無き世柘榴のただ裂けて 草田男
★柘榴の実弾け夕日を宿したる/高橋正子
「柘榴の実」を詠んで、「夕日を宿したる」と観た。観照がよく、実感のある句だ。(高橋信之)
ザクロ(石榴、柘榴、若榴、学名: Punica granatum)とは、ザクロ科ザクロ属の落葉小高木、また、その果実のこと。庭木などの観賞用に栽培されるほか、食用としても利用される。ザクロ科(学名: Punicaceae)は、ザクロ属(学名: Punica)のみからなる。また、ザクロ科の植物は、ザクロとイエメン領ソコトラ島産のソコトラザクロ(Punica protopunica)の2種のみである。葉は対生で楕円形、なめらかでつやがある。初夏に鮮紅色の花をつける。花は子房下位で、蕚と花弁は6枚、雄蕊は多数ある。果実は花托の発達したもので、球状を呈し、秋に熟すと赤く硬い外皮が不規則に裂け、赤く透明な多汁性の果肉(仮種皮)の粒が無数に現れる。果肉一粒ずつの中心に種子が存在する。ザクロの食用部分である種衣は種子を覆う形で発達する。
ザクロには多くの品種、変種があり一般的な赤身ザクロのほかに、白い水晶ザクロや果肉が黒いザクロなどがあり、アメリカ合衆国ではワンダフル、ルビーレッドなど、中国では水晶石榴、剛石榴、大紅石榴などの品種が多く栽培されている。日本に輸入され店頭にしばしば並ぶのはイラン産、カリフォルニア州産が多く、輸入品は日本産の果実より大きい。原産地については、トルコあるいはイランから北インドのヒマラヤ山地にいたる西南アジアとする説、南ヨーロッパ原産とする説およびカルタゴなど北アフリカ原産とする説などがある。世界各地で栽培されており、日本における植栽範囲は東北地方南部から沖縄までである。日当たりが良い場所を好む。若木は、果実がつくまでに10年程度要する場合もある。病虫害には強いがカイガラムシがつくとスス病を併発する場合がある。
新王国時代にエジプトに伝わり、ギリシア時代にはヨーロッパに広く伝わったとされる。東方への伝来は、前漢の武帝の命を受けた張騫が西域から帰国した際に、パルティアからザクロ(安石榴あるいは塗林)を持ち帰ったとする記述が『証類本草』(1091年-1093年)以降の書物に見られるため、紀元前2世紀の伝来であるとの説があるが、今日では3世紀頃の伝来であると考えられている。日本には923年(延長元年)に中国から渡来した(9世紀の伝来説、朝鮮半島経由の伝来説もある)。
◇生活する花たち「十月桜・白ほととぎす・野葡萄」(横浜・東慶寺)

★足先がふっと蹴りたる青どんぐり 正子
熟したどんぐりは弾んだり転がったりと元気が良い。しかし風の強い日などに落ちてきたのだろうか、まだ未熟な「青どんぐり」にもこころ惹かれる。その青どんぐりを見てふっと足先が蹴ったと言うその動きそのものに若さをそして深まりゆく秋を楽しんで居られる作者が見えて参ります。(佃 康水)
○今日の俳句
ゆきあいの空へコスモス揺れどうし/佃 康水
「ゆきあいの空」がなんともよい。夏から秋へと移りゆく空にコスモスゆれどおしている。そんな空に明るさと夢がある。(高橋正子)
○白嫁菜(しろよめな)
[白嫁菜/東京白金台・国立自然教育園]_[野菊(嫁菜)/横浜市港北区松の川緑道]
★撫子の暑さ忘るる野菊かな 芭蕉
★頂上や殊に野菊の吹かれをり 原石鼎
横浜日吉・慶大グランド
★サッカーの練習熱帯ぶ野菊咲き/高橋正子
いわゆる「野菊」の仲間です。主として林縁などの半日陰になるような場所に自生する多年草です。 草丈50cm前後、しばしば1m近くになります。上部で花茎を分け、初秋から秋の初めまで、茎頂で花茎を分けて径1.5~2cm前後のやや小さい白色のキク型の花を皿型(散房状)につけます。葉は、長さ10cmほどの長楕円形で葉先は鋭三角形です。葉には粗い鋸歯(葉の縁のギザギザ)があります。名は「ヨメナ」ですが「ヨメナ属」ではなく「シオン属」です。ノコンギク(Aster ageratoides)の亜種(subsp. leiophyllus)とされています。ヨメナを小型にしたような草姿で、花色が白いので「シロヨメナ」となったようです。
野菊といえば伊藤左千夫の小説「野菊の墓」を想いだす方が多いと思います。政夫と民子の悲恋を描いたこの小説には「政夫さん……私野菊の様だってどうしてですか」「さぁどうしてということはないけど、民さんは何がなし野菊の様な風だからさ」
「それで政夫さんは野菊が好きだって……」「僕大好きさ」といった場面があります。この野菊は、小説の舞台が現在の千葉県松戸市あたりであったことからカントウヨメナ、ユウガギク、ノコンギク、リュウノウギクあるいはシラヤマギクなどであったと思われます。不幸なめぐり合わせの末に世を去った民子の墓のまわり一面に植えられたことを思うと、心情的にはノコンギクがふさわしいのでは、と勝手に思っています。 ただ、現在は、民雄が野菊を摘んだのが小川のそばであったことから、やや湿性の高い場所に自生するカントウヨメナあるいはユウガギクであるとする説が有力です。
万葉集では、「うはぎ」の名で2首が「ヨメナ」を詠っているとされています。そのひとつに、「春日野に 煙立つ見ゆ 娘子(おとめ)らし 青野のうはぎ 摘みて煮らしも」と詠われています。ただし、この2首では「春の若菜摘み」の対象であって、花を愛でたものではないようです。ただ、カントウヨメナ、ユウガギク、ノコンギク、シラヤマギクやシロヨメナなどよく似た野菊の仲間が万葉当時に明確に区別されていたとは言えないという説もあり、広く野菊の仲間を詠ったものであるという考え方もあります。
なお、一般に「菊」と呼ばれる種類は奈良時代に中国から薬用に渡来したとされ、現代でも多くの品種が栽培されています。「野菊」の総称は、花が大きく彩りも多様な「菊」に対して、日本の山野に自生するキクの仲間を「野にある菊」としたもののようです。また「菊」は、「古今和歌集」の「菊の露」や「紫式部日記」の「菊の着せ綿」など、キクを災除けや不老長寿にかかわる行事に用いたという記述があります。なお、江戸時代には「菊」の品種改良が盛んになり、数多くの品種が作出されています。
シロヨメナ、シラヤマギクやノコンギクはシオン属で、カントウヨメナやユウガギクはヨメナ属で別属ですが、これらの属は種子の冠毛の長さで区別するので、専門家でないと区別は困難です。ヨメナ属では冠毛は0.5mm前後ですが、シオン属では冠毛は5mm前後です。
◇生活する花たち「犬蓼・金木犀・白曼珠沙華」(横浜四季の森公園)

★林檎手に送られ来しが赤ほのと 正子
送り届けられた林檎を手にして、胸の内までがぽっと明るく灯されたような、「赤ほのと」のあたたかさです。新鮮な季節の実りをいただく喜び、送り手への感謝の気持ちが感じとれます。 (藤田洋子)
○今日の俳句
真珠筏浸し秋の海澄めり/藤田洋子
「浸し」が秋海の澄んだ水をよく感じさせてくれる。秋海の澄んだ水に浸され殻を育てている真珠は、美しく輝く珠となることであろう。(高橋正子)
○無花果(いちじく)
[無花果/横浜日吉本町]
★いちじくをもぐ手に伝ふ雨雫 虚子
★無花果の岸へ着きたる渡舟かな 泊雲
★無花果の裂けていよいよ天気かな 石鼎
★手がとどくいちじくのうれざま 山頭火
★無花果や雨餘の泉に落ちず熟る 蛇笏
★無花果の背戸もきれひに掃いてあり 風生
★葉にのせて無花果呉れぬ二つ三つ 淡路女
★無花果を頒ちて食ぶる子等がゐて 誓子
★いちじくのけふの実二つたべにけり 草城
★いちじくや才色共に身にとほく 鷹女
★無花果をむくや病者の相対し 三鬼
★無花果や川魚料理ただの家 汀女
★枝葉に通ふ香の無花果を食べて自愛 草田男
無花果をもぐと白い乳汁がでる。これから連想してだろうが、無花果の枕詞として「たらちね」を使った川本臥風先生の俳句があって。句会で披講されたが、正確な句は今思い出せないが、納得した句であった。
★この空の青が無花果熟させる/高橋正子
イチジク(無花果、映日果)は、クワ科イチジク属の落葉高木。また、その果実のこと。原産地はアラビア南部。不老長寿の果物とも呼ばれる。「無花果」の字は、花を咲かせずに実をつけるように見える[1]ことに由来する漢語で、日本語ではこれに「イチジク」という熟字訓を与えている。「映日果」は、中世ペルシア語「アンジール」(anj?r)[2]を当時の中国語で音写した「映日」に「果」を補足したもの。通説として、日本語名「イチジク」はこれの音読「エイジツカ」の転訛とする[3][4]。 中国の古語では他に「阿?[5]」「阿驛」などとも音写され、「底珍樹」「天仙果」などの別名もある。伝来当時の日本では「蓬莱柿(ほうらいし)」「南蛮柿(なんばんがき)」「唐柿(とうがき)」などと呼ばれた。いずれも“異国の果物”といった含みを当時の言葉で表現したものである。属名 Ficus (ficus)はイチジクを意味するラテン語。 イタリア語: fico, フランス語: figue, スペイン語: higo, 英語: fig, ドイツ語: Feige など、ヨーロッパの多くの言語の「イチジク」はこの語に由来するものである。
葉は三裂または五裂掌状で互生する。日本では、浅く三裂するものは江戸時代に日本に移入された品種で、深く五裂して裂片の先端が丸みを帯びるものは明治以降に渡来したものである。葉の裏には荒い毛が密生する。葉や茎を切ると乳汁が出る。
初夏、花軸が肥大化した花嚢の内面に無数の花(小果)をつける。このような花のつき方を隠頭花序(いんとうかじょ)という。雌雄異花であるが同一の花嚢に両方の花をつける。栽培品種には雄花がないものもある。 自然では花嚢内部にはイチジクコバチが生息し、受粉を媒介する。日本で栽培されているイチジクはほとんどが果実肥大にイチジクコバチによる受粉を必要としない単為結果性品種である。果実は秋に熟すと濃い紫色になる。食用とする部分は果肉ではなく小果(しょうか)と花托(かたく)である。原産地に近いメソポタミアでは6千年以上前から栽培されていたことが知られている。地中海世界でも古くから知られ、古代ローマでは最もありふれたフルーツのひとつであり、甘味源としても重要であった。 最近の研究では、ヨルダン渓谷に位置する新石器時代の遺跡から、1万1千年以上前の炭化した実が出土し、イチジクが世界最古の栽培品種化された植物であった可能性が示唆されている。日本には江戸時代初期、ペルシャから中国を経て、長崎に伝来した。当初は薬樹としてもたらされたというが、やがて果実を生食して甘味を楽しむようになり、挿し木で容易にふやせることも手伝って、手間のかからない果樹として家庭の庭などにもひろく植えられるに至っている。
◇生活する花たち①「茶の花・泡黄金菊・げんのしょうこ・柚香菊・実蔓(さねかずら)」(東京白金台・国立自然教育園)
◇生活する花たち②「ノダケ・シロバナサクラタデ・ユウガギク」(東京白金台・国立自然教育園)

★林檎手に送られ来しが赤ほのと 正子
送り届けられた林檎を手にして、胸の内までがぽっと明るく灯されたような、「赤ほのと」のあたたかさです。新鮮な季節の実りをいただく喜び、送り手への感謝の気持ちが感じとれます。 (藤田洋子)
○今日の俳句うる真珠筏浸し秋の海澄めり/藤田洋子
「浸し」が秋海の澄んだ水をよく感じさせてくれる。秋海の澄んだ水に浸され殻を育てている真珠は、美しく輝く珠となることであろう。(高橋正子)
○町田市鶴川駅からバスで15分ぐらいのところに購入した墓地の銘板に、信之先生と正子の名前が刻まれたので、確認に行く。樹木葬なので、墓石はないが、御影石の銘板があるのでそれに名を刻む。
午前9時半に家を出、小田急鶴川駅からは、いずみ浄苑直行バスで墓地へ行く。彫られた名前を確認し、写真を撮って、20分ほどで、折り返しのバスで鶴川駅に戻る。鶴川駅前のドトールで軽食後、帰宅。家に2時に着く。夕方句美子の家におかずを届けにゆき、墓の写真を見せる。ちょうどお菓子教室で、句美子が作ったザッハトルテがあったので、貰って帰る。薔薇の花の砂糖漬けとピスタチオが飾りに。薔薇の花の砂糖漬けは、薔薇の香りで、薔薇のジャムとよく似ている。
11月6日には、元家族を墓に案内の予定。信之先生は、墓ができて、一安心の様子。
○蜜柑
[蜜柑/横浜日吉本町] [蜜柑の花/横浜日吉本町]
◇生活する花たち「犬蓼・金木犀・白曼珠沙華」(横浜四季の森公園)

★起きぬけの目にりんりんと曼珠沙華 正子
秋の彼岸ごろ、川辺の堤や畦、お寺さんなどに、葉の無い花茎を急に伸ばして、頂に真紅の美しい花を輪状に咲かせる。群生して、その辺りを、真赤に燃え立たせ、特に起きぬけの目には妖凄な感じがいたしますね。 (小口泰與)
○今日の俳句
直立の日矢や藁塚一列に/小口泰與
朝早くだろう。山里などでは日が高く昇り、日矢は真上近くから差し込んでくる。それを「直立の日矢」といった。その日矢が一列に並ぶ藁塚に差し、山里は神々しいまでの朝だ。(高橋正子)
○野葡萄

[野葡萄/北鎌倉・東慶寺]
★野葡萄の色に遠野の物語 佐藤みほ
★野葡萄の瑠璃の惜別牧を閉づ 村上光子
★野葡萄や岩の迫り出す漁師町 仲尾弥栄子
★野葡萄の葉擦れの音も冬に入る 清水伊代乃
★野葡萄や滝を見にゆく道々に 阿部ひろし
★蒼穹に野葡萄が実をかかげたり 山村修
★野葡萄の色付き初めし城址かな 内田和子
★野ぶだうや湖畔の杜の写生会 大島英昭
★野葡萄の熟れ豊頬の石地蔵 中山純子
★野葡萄や四囲の山稜雲生みて 大竹淑子
★野葡萄の同じ瑠璃色ひとつも無し 栗田れい子
★野ぶだうの透明をただ呟きて 井上信子
★野葡萄をふふみて森の人となる 石田きよし
★野葡萄や何処に立つも水の音 飯田角子
★野葡萄の聯はそのままそのままに 瀬川公馨
ノブドウ(野葡萄、Ampelopsis glandulosa var. heterophylla)はブドウ科ノブドウ属に属するつる性落葉低木。日本全国のほか東アジア一帯に分布し、アメリカにも帰化している。やぶに多く見られ、都市でも空地などに見られる。
葉はブドウやヤマブドウに似ることもあるが、別属であり、特に果実は葉と交互につくなどブドウ類とは異なる。 果実は、熟すと光沢のある青や紫などに色づくが、食味は不味い。園芸植物として栽培されることがある。
ノブドウ属(Ampelopsis)の植物はアジア・アメリカに20種ほどある。ウドカズラ(A. leeoides または A. cantoniensis)日本に自生し、葉はウドに似た2回羽状複葉で、実は赤く熟する。カガミグサ(白斂:ビャクレン、A. japonica)中国原産。漢方薬に使われる。
◇生活する花たち「犬蓼・金木犀・白曼珠沙華」(横浜四季の森公園)

★しいの実の青くていまだ石の間に 正子
しいの実は熟すと煎って食べられます。大洲の学校にしいの実の木があり食べた記憶があります。実の青いしいの実はまだ食べごろではなく、石の間にひっそりとしています。(井上治代)
○今日の俳句
新涼や樹間の空の青深し/井上治代
新涼の季節、空をゆっくりと眺めることができるようになり、早も青が深くなった。空の青に魅了される新涼である。(高橋正子)
○柿
[柿/横浜日吉本町]
★祖父親まごの栄や柿みかむ 芭蕉
★柿主やこずゑは近きあらし山 去来
★柿の葉の遠くちりきぬ蕎麦畠 蕪村
★残る葉と染かはす柿や二ツ三ツ 太祇
★渋柿や嘴おしぬぐふ山がらす 白雄
★渋いとこ母が喰ひけり山の柿 一茶
★柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺 子規
★此里や柿渋からず夫子住む 漱石
★草の家に柿十一のゆたかさよ 龍之介
★渋柿の滅法生りし愚さよ/松本たかし
★西へ行く日とは柿山にて別る/山口誓子
★柿もぐや殊にもろ手の山落暉/芝不器男
★老い母は噂の泉柿の秋/草間時彦
★店の柿減らず老母へ買ひたるに/永田耕衣
★雨降つて八犬伝の里に柿/大串 章
★柿二つ読まず書かずの日の当り/小川双々子
★柿むいて今の青空あるばかり/大木あまり
★換気孔より金管の音柿熟るる/星野恒彦
★柿博打あつけらかんと空の色/岩城久治
★母よりの用なき便り柿の秋/西山春文
★柿ひとつ空の遠きに堪へむとす/石坂洋次郎
★柿熟れる朝空晴れて濃き青に/高橋信之
カキノキ(柿の木)とはカキノキ科の落葉樹である。東アジアの固有種で、特に長江流域に自生している。熟した果実は食用とされ、幹は家具材として用いられる。葉は茶の代わりとして加工され飲まれることがある。果実はタンニンを多く含み、柿渋は防腐剤として用いられ。現在では世界中の温暖な地域(渋柿は寒冷地)で果樹として栽培されている。
雌雄同株であり、雌花は点々と離れて1か所に1つ黄白色のものが咲き、柱頭が4つに分かれた雌しべがあり、周辺には痕跡的な雄しべがある。雄花はたくさん集まって付き、雌花よりも小さい。日本では5月の終わり頃から6月にかけてに白黄色の地味な花をつける。果実は柿(かき)と呼ばれ、秋に橙色に熟す。枝は人の手が加えられないまま放って置かれると、自重で折れてしまうこともあり、折れやすい木として認知されている。
日本から1789年にヨーロッパへ、1870年に北アメリカへ伝わったことから学名にも kaki の名が使われている。英語で柿を表す「Persimmon」の語源はアメリカ合衆国東部の先住民であるアルゴンキン語族の言葉で「干し果物」を意味する名詞「ペッサミン」であり、先住民がアメリカガキ(Diospyros virginiana L.)の実を干して保存食としていた事実に基づく。近年、欧米ではイスラエル産の柿(渋抜きした「Triumph」種)が「シャロンフルーツ(Sharon Fruit)」という名称で流通するようになったため、柿は「Persimmon」よりも「Sharon Fruit」という名で知られている。
◇生活する花たち「ノダケ・シロバナサクラタデ・ユウガギク」(東京白金台・国立自然教育園)

★うす紙がかりんをかたちのまま包む 正子
戴かれたのかかりんの実、包まれた薄紙には形のままだという。ちょっといびつな色も見えているのかもしれませんね。(祝恵子)
○今日の俳句
秋夕焼け飛行機雲も包まれて/祝恵子
夕焼けの中に延びる飛行機雲。その飛行機雲までも夕焼けにすっぽり包まれて茜色に染まっている。秋夕焼けに染まる空を見れば、温かい思いになる。(高橋正子)
○葉鶏頭(ハゲイトウ)

[葉鶏頭/横浜日吉本町]
★葉鶏頭の三寸にして真赤也/正岡子規
★雁来紅や中年以後に激せし人/香西照雄
★水乞ふやねむらざる眼に葉鷄頭/瀧春一
★葉鶏頭と競はむとして空青き/能村登四郎
★葉鶏頭ほどのはげしき色欲しや/鷹羽狩行
★折れてゐる葉鶏頭あり抜いておく/高橋将夫
★雁来紅弔辞ときどき聞きとれる/池田澄子
★殊に濃き天誅村の葉鶏頭/塩路隆子
★山羊の怪我たのまれ診るや葉鶏頭/三嶋隆英
★剣道着干すや燃え立つ葉鶏頭/宇都宮靖
このごろ葉鶏頭を見ることがまれになった。コリウスというシソ科の葉鶏頭に似たものが見るが、葉鶏頭はさっぱり。それでも建てこんだ民家の庭先に葉鶏頭を育てている家がある。家というよりそこの主婦であるが、葉鶏頭の写真を撮らせてもらおうとしていると、如露を持って出てきた。そして、「写真をお撮りになるのなら、あとで水を遣りますよ。」と家の中に引っ込んでしまった。野牡丹と並んで植えられていた葉鶏頭だった。
★葉鶏頭老女出て来て水を遣り/高橋正子
ハゲイトウ(葉鶏頭、雁来紅、学名Amaranthus tricolor) はヒユ科の一年草。日本には明治後期に渡来し、花壇の背景、農家の庭先を飾る植物として、広く栽培されている。アマランサス(ヒユ属)の1種である。主に食用品種をヒユ(?)とも呼ぶが、アマランサスの食用品種の総称的に呼ぶこともある。
属名の Amaranthus は、「色が褪せない」の意味。そのために「不老・不死」の花言葉があるが、これは以前この属に属していたセンニチコウによるものである。種小名の tricolor は「三色の」の意。英名は旧約聖書に登場するヨセフにヤコブが与えた多色の上着のことで、鮮やかな葉色をこの上着にたとえている。
熱帯アジア原産の春まきの草花で、根はゴボウ状の直根で、茎は堅く直立し、草丈 80cm から 1.5m ぐらいになる。葉は被針形で、初めは緑色だが、夏の終わり頃から色づきはじめ、上部から見ると中心より赤・黄色・緑になり、寒さが加わってくるといっそう色鮮やかになる。全体が紅色になる品種や、プランターなどで栽培できる矮性種もある。タネは細かいが、発芽は比較的よく、こぼれ種でも生えるくらいである。排水と日当たりの良いところに4月下旬頃に直まきし、タネが見え隠れする程度に覆土する。観葉植物として利用される。 食用の近縁種はアマランサスだが、南米では、インカ帝国の昔から種子を穀物として食用にしてきた。日本でも健康食品として販売されている。ヒモゲイトウ (Amaranthus caudatus) がそのなかでも最も大規模に栽培されている。
◇生活する花たち「秋海棠・銀木犀・金木犀」(横浜日吉本町)

イギリス・コッツウォルズ
★秋夕日羊にそれぞれ影生まる 正子
一瞬にして、ミレーの「晩鐘」の絵のような光景を想いました。イギリスのなだらかな丘のうねりに、夕暮れまで草を食む羊の群れのそれぞれに影を作る、穏やかな夕日が想われ、旅情豊かな趣きが素敵です。(桑本栄太郎)
○今日の俳句
鈴懸の毬のみどりや秋空へ/桑本栄太郎
鈴懸の葉が散るころには、鈴懸の毬のある丸い実が茶色なって青空に残る。今は秋の半ば、まだその毬がみどりだという。これからいよいよ秋も深くなる。(高橋正子)
○錦木(ニシキギ)

[錦木/横浜日吉本町]
★錦木の葉と実の少し違う赤/高橋正子★
ニシキギ(錦木、学名:Euonymus alatus)とはニシキギ科ニシキギ属の落葉低木。庭木や生垣、盆栽にされることが多い。日本、中国に自生する。紅葉が見事で、モミジ・スズランノキと共に世界三大紅葉樹に数えられる。若い枝では表皮を突き破ってコルク質の2~4枚の翼(ヨク)が伸長するので識別しやすい。なお、翼が出ないもの品種もあり、コマユミ(E. alatus f. ciliatodentatus、シノニムE. alatus f. striatus他)と呼ばれる。葉は対生で細かい鋸歯があり、マユミやツリバナよりも小さい。枝葉は密に茂る。 初夏に、緑色で小さな四弁の花が多数つく。あまり目立たない。 果実は楕円形で、熟すと果皮が割れて、中から赤い仮種皮に覆われた小さい種子が露出する。これを果実食の鳥が摂食し、仮種皮を消化吸収したあと、種子を糞として排泄し、種子散布が行われる。紅葉を美しくするために西日を避けた日当たりの良い場所に植える。 剪定は落葉中に行う。よく芽をつける性質なので、生垣の場合は強く剪定してもよい。 栽培は容易。名前の由来は紅葉を錦に例えたことによる。別名ヤハズニシキギ。
◇生活する花たち「十月桜・白ほととぎす・野葡萄」(横浜・東慶寺)

10月月例ネット句会に16名の方にご参加いただきました。ご参加ありがとうございました。10月月例句会の投句期間には、十三夜の月を観ることができました。それぞれの十三夜の句を寄せていただき、樋口一葉の名作「十三夜」を思い出しながら、皆様の十三夜の句を静かで明るく、またしみじみとした気持ちで読ませていただきました。深まりゆく秋を新鮮に詠まれている句がたくさんあり、感銘を受けました。入賞の皆様おめでとうございます。また、選とコメントをありがとうございました。これで、10月月例ネット句会を終わります。来月のネット句会もよろしくお願いいたします。