晴れ
●12月月例ネット句会開催。
正子投句
京を過ぐ車窓に時雨ふりかかり
ふりかかる時雨に古都ならではの五重塔や冬紅葉がうっすらと浮かび過ぎる車窓。しとりとした旅情を感じます。(柳原美知子)
天竜の川あおあおと冬はじめ
冬港止水のごとく潮が照り
今回は初めての土橋みよさんが投句された。
●都筑阪急へ一匹ものの鰺を買いに行く。近所では売っていない。鰺の塩焼きが食べたい人のため。ついでにクリスマスマーケットによって、ジンジャーボーイのクッキーを一枚買った。これは大きくてテノヒラサイズ。東京横浜ドイツ学園の皆さんがつくったもの。ハート型にLiebeとかの文字をデコレーションしたのもあった。Danke shoen とだけドイツ語で挨拶。
晴れ
クリスマス・マーケットにて
夕冷えの急にきたればグリューワイン 正子
ワイン試飲銀杏黄葉を踏みており 正子
●センター北のクリスマスマーケット(Weinachtsmarket)に行った。麦わらで編んだクリスマス飾りと、透かし彫りのオーナメントを買った。ホットグレープとポトフを注文したが、おいしいのはホットグレープの熱いのだった。熱いうちに飲まなくては。麦わらのクリスマス飾りは雪の形に見えるが、壊れそう。
●俳句日記、本気で編集完了。時々片頭痛。編集の休憩に粒あん饅頭を作った。
おとといクッカーで餡を作っておいた。一番おいしく食べたい。思いついたのが饅頭。普通の饅頭の倍ぐらいの大きさで作ってみた。小麦粉にBP、きび砂糖で皮を作り、餡をくるんで蒸す。100gの粉で8個できた。なかなか美味。
●リルケの詩からのインスピレーションによる俳句
「古い家で」から
緑青のドームを霧のすりガラス 正子
この句について詩としての抽象性の良さがあると言うコメントをもらった。
苦労は助詞「を」。助詞一字の物を言わせるのは技術かもしれない。
曇りのち晴れ
星澄みぬ空のきわみに冬ありて 正子
しっかりと星に角ありアドベント 正子
手をつなぐ孤独の星に待降節 正子
●花冠を退会した方から、維持費が送られてきたので、ありがたくも驚く。信之先生は「感性の共同体」を言っていた。あまり、大ぴらには言わなかったけれど、このごろの花冠の様子では、「感性の共同体」が成り立っている感触がある。同じ感性で理解し合い,感じあい、信頼しあう、その関係があるのが感性の共同体。
●正子の俳句日記の編集が終わる。墓参に帰省したこと、他にジャポニスムやリルケや読んだ本について書き残したいことがあるので、前号より4頁増えた。やむを得ないだろう。多分78頁になる。
晴れのち曇り
●正子の俳句日記部分の編集がほぼできる。編集が一段落したので、駒林神社のところから、尾根の道を歩いて、いつもの崖っぷちの公園に出た。尾根道とは言え、両脇に住宅や団地がある。それでも尾根なので見晴らしがよく、歩いていて気持ちがいい。ずいぶん歩いたと思うが7000歩。
●ますみさんが、ノエルチョコを送ってくれた。かわいいブーツやお洒落なプリントのあるチョコ。今年もクリスマスシーズンになった。
●夕方、武満徹の歌を聞いた。「小さい空」「翼」「死んだ男の残したものは」。武満徹が死んだのは前になるが、ここ2年もたたないうちに小澤征爾、大江健三郎、ついこの前に谷川俊太郎が亡くなった。信之先生も亡くなって、戦中戦後を経験した人がいなくなった。今、誰がどんな思想をもって世の中を支えているのだろう。生きている人と生きている花、今日と、また来るあしたが残っていると言うけれど。今漂うのは空虚感。
晴れ
●隣町の興禅寺まで歩く。菩提樹の葉は枯れて、実も落ちたのかなかった。殺風景な木になっている。夏のあいだ、興禅寺へは蚊がひどいので行かなかった。話好きの庭掃除の女性が今日はいなかった。どうしたのだろう。庭には落葉があちこちにかき集められ、バンジーが植えられていた。何かあったのか、様子が変わった印象がした。
晴れ
礼状に赤き実のある藪柑子 正子
冬日向芽生えし双葉が傾きぬ 正子
もみじと言い葉先のみ赤みどりの葉 正子
●妹からのゆうパックが届くのを待ちながら、編集作業。結局ゆうパックは、夕方届いたので、どこにも行かないで、一日炬燵にあたりながら、編集作業となった。ブログの俳句日記に原稿を散逸させないために何でも書き込んでいる。それを日記と分けてあたらしく整理しながら原稿に書き起こした。「文学とおもに俳句作品の批評に思うこと」と題した。
●センター北のクリスマスマーケットに7日(土)に晴美さんと出かけることにした。この日は大雪。気温が下がるらしいが、クリスマスらしくていいじゃないか。
快晴
●朝風呂に浸かりながら、あちこちの筋肉痛らしい痛みを感じている。きのうから、体全体がバリバリした感じなのだ。それが治るかどうか、ゆっくり風呂に入ってみた。ただお湯に浸かるだけ。それからもう一度眠る。少し眠って起きたが、全然。昼ごろになって、痛みが取れた感じがした。ようやく、編集作業に取りかかれた。
●編集しながら窓を見る。太陽高度は35度ぐらいらしい。朝だけ日が差して、昼前には陰る。留守の間の鉢植えの花は、白いペチュニアが鉢一杯に咲き、白いベゴニアが山盛りの花をつけ、赤いベゴニアは色が澄んで、ストックやパンジーやアリッサムは自然体。水をたっぷりやって旅に出た。これがよかったのかもしれない。
●夜、山田五郎のYou Tube でクリムトの動画を見た。クリムトについては小さいが画集も持っているし、バールの評論で読んでいるので、思い出しながら視聴した。クリムトを絵画としてだけ見ようとすると、面白くないかもしれない。しかし、分離派会館の開館の最初に出展した「パラス・アテナ」は美術アカデミーからの守り神としての「アテナ」だったし、次いで対として「ヌーダ・ヴェリタス(裸の真実)」が出展されたことを思うと、文学的とも言える。「ヌーダ・ヴェリタス」はヘルマン・バールの書斎に飾られていたと『世紀末ウィーン文化評論集』の表紙説明にあった。裸の女性が鏡を持っていて、「そのまま(裸)の真実を映しだしている」主張。また、会館入口上部に掲げられた言葉は美術アカデミーの歴史主義からの脱却、モダニズムへの追求を唱える分離派の精神が一目瞭然となって書かれていると言われる。「Der Zeit ihre Kunst, Der Kunst ihre Freiheit―時代にはその芸術を、芸術にはその自由を」の文言だ。 シラーの芸術に対する言葉も書かれているそうだ。この時代はフランスでは印象派が終わりかけ、イギリスではウィリアム・モリスが美術と工芸の融和を主張し、面白い時代だった思える。ウィーンではいち早く評論家ヘルマン・バールが名乗りをあげ、それをリルケはパリで「谺」だと聞いている。こんな事情、切れ切れで、私の中では、繋がりそうもない。
晴れ
●今日から12月。自由な投句箱、月例ネット句会のテンプレートを変える。月例句会はもみの木で、新規のもの。青の濃淡の夜の景色。
●ますみさんの『音楽のしっぽ』が校了。
●帰省の前に蒔いた春菊が芽をだした。ゴマ粒ほどの双葉だが、よく芽生えている。
●夕方、帰省のお土産を句美子のところへ持って行く。そのときに、句美子の「冬の星」が掲載されている「俳句」12月号を見せてもらった。「クローズアップ」欄では、一番若い。ほかの人の俳句を読んだ。俳句をどう捉えているのだろう。著者割引があるので、10冊注文するという。句美子としては、めずらしく積極的。
快晴
冬の瀬戸青く見えたり父祖の墓 正子
石蕗の花先祖の塚に源だれかし 正子
先祖墓に源義家石蕗咲けり 正子
鳥渡る空にかたちを正しつつ 正子
●未明、自由な投句箱の5日分の句に★印。秀句を選び、コメントを書く。5日分を一度にすると、気づくことがある。皆さんは、日々いろいろ考えて、私が思う以上に、よく勉強しているということ。目には見えないが、心境が格段にレベルアップしているということ。
●ますみさんの『音楽のしっぽ』の初校の確認。読点に気を付けて、訂正を入れる。
●帰省中の俳句を作った。俳句を作り始めてから59年になり、学生時代から何度も帰省しているが、今日作ったような句はこれまで、作らなかった。できなかったのだろう。と言うことは、どういうことか、と。
●帰省中に「ままかりの酢漬け」を妹が料理してくれた。名産として売っているものは、生のままかりを酢漬けにしている。「まま(ご飯)を隣から借りるほどおいしい魚」と言う意味の「ままかり」。実は一番おいしいのは、炭火で焼いて、焼けるとすぐ三杯酢に漬けたもの。香ばしさがたまらずおいしい。私にとっては、これがほんとの「ままかりの酢漬け」である。地元では「ままかり」ではなく「もうかり」と呼んでいた。小さい魚を一匹一匹焼くのは、めんどうだが、七輪の傍に座り込んで焼くのがいい。これが妙においしい。
●真ん中の妹からは地元の柿が一箱と世羅の新米や山椒の実や葉唐辛子の佃煮など手作り瓶詰が届いた。取り分けて、私の土産と一緒に子どもたちに送った。
曇り
揖斐川に始まり寒き川越ゆる 正子
浜名湖の水あおあおと明るき冬 正子
冬夕日いま冠雪の嶺にのみ 正子
天竜の水青きなり冬の河 正子
●家を空けている間、ネットの仕事が心配だったが、帰宅してチェックすると、全く問題はなかったので、ほっとした。迷惑メールも思ったほどではなかった。自由な投句箱はむしろ、わたしが留守の方が活発。
●予定を早めて、13時41分福山発ののぞみで帰った。帰りは自由席にしたのだが、デッキや通路に人が立つほどの混雑だった。座れたが、京都で席が空いたので、左窓側に移動した。こんな時間に、左の窓側に乗るのは初めてかもしれない。昼間の左側の景色がよく見えた。木曽三川や、海のように青い浜名湖、真っ青な天竜川、夕日に薄く染まった富士山の全容、を見た。渡鳥のV字の群を見た。家に着いたのはちょうど夕方の6時。妹が持たせてくれたもち麦おにぎりに海苔を巻いて夕飯にした。
●生家に居る間、墓参。墓所からは瀬戸になった海が見える。玄関の硝子戸の掃除、庭掃除、家まわりの落葉掻き。妹の話では、何年か前に、夜中猪が庭に来て、芝生を鼻で一面掘り返し、蚯蚓を食べたという。そのご猟友会の人たちが退治してくれたらしく、今は来ないという。
少しは、正月準備に役立ったか。田舎の家なのですることに終わりがない。お風呂付、上げ膳、据え膳だったのは初めてのこと。